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モデルも作家に恋をする

よたか2013.02.20 20:00:00

 アヤコは春から中学生になった。

 最初の1週間は、セーラー服着るのがとても嬉しかったんだけど、先輩たちの着こなしっていうか、着崩し方を見ちゃうと、自分のカッコがあまり可愛くない気がしてきて、制服も普段着も変わらない気がしてきた。
 アレンジした女子もいたんだけど、先輩たちに注意されて結局元に戻してるし、最近は、私服だった小学校の時が懐かしいと思う時もあるくらい。

 4月20日で仮入部期間が終わるので、部活やるなら早めに決めたいけどどうしよう?
 小学校の時は、好きな先生が居たからスイミングスクールに通っていたけど、中学のスイミングスクールは選手コースしかないので、実力不足のアヤコは当然スクールを辞めちゃった。
 それでも最後の日に『先生とデート』してチョコを渡せたのは、ちょっとだけいい思い出。だけど、自分の中でまだ答えが出てない様な気もしてる。

 2階の自分の部屋。風呂上がりのアヤコは、子どもっぽくて気に入らないピンクのパジャマを着て、髪の毛を乾かしながらそんな事を考えていた。

 中学になって一番変わったのは、一人で居る時かもしれない。

 お父さんにねだり倒して、押し倒して買ってもらったノートパソコン。
『可能性を広げる』マシンだとテレビのCMを信じてたのに、そんな事が出来る人はほんの一握りだと3日目で気がついた。

 絵が描ける訳でも、素敵な言葉を綴れる訳でもない凡人のアヤコにとって、ノーパソは『実力の無さを思い知らされる』機械でしかなかった。結局『実力ある人たち』の作品をひとりで眺めて過ごす時間が増えた。

 アヤコの中学校には、気になるブログをやってる人は何人かいるんだけど、その中のひとり、美術部2年の山口先輩。実際はどうなのか知らないけど、かなりエキセントリックな変人だと聞いた事がある。
 だけど、先輩の絵はただ可愛いだけじゃなくて、描かれている人物はみんなとても優しくて暖かい。見てるととても穏やかな気持ちになれる、不思議なイラストだった。
 山口先輩のブログはアヤコの夜の巡回コースの一つになっていた。イラストが多いので、ブログと言うよりギャラリーといった感じなんだけど、今日アップされているイラストは、ちょっと……。
 スクール水着の小学生を描いているのもどうかと思うけど、それ以上にアヤコはハズくて見ていられない。

 いや、これは、その、まさかね……。

 イラストに寄せられたコメントを見ると『モデルは1年のあの娘よね。知ってる』とか『結構可愛いよね』とかコメントが直視出来ない。

 なんというか見覚えのあるこの構図といい、私も持ってるスク水といい、いつも見てる顔つき。どうみても今回のモデルは『アヤコ』本人だよな。

 肖像権とか、セクハラとか、いろんな言葉が頭を駆け巡ったんだけど『これはアヤコじゃない』と無理矢理な答えを出して、考えるのを辞めた。

 考えるのを辞めたのに、小学校からずっと一緒のマスミからちょうどメールが入った。『あのイラストあんただよね』逃げ道をなくしたアヤコは、親友のマスミにトドメを刺されてしまった。

 翌日の朝の教室

 山口先輩のギャラリーの事で、クラスメートからいろんな質問がトンで来た。
「どうして、描いてもらえたの?」
「写真とかあげたの?」
「知り合いだったの?」
「付き合ってるの?」などなど、いろいろ聞かれても、そんな事知らないよ。

 あのイラストの元の写真だって、好きだった花沢先生に撮ってもらって、アヤコのところにしかないはずなのに、なんで山口先輩のイラストになっちゃうのよ。
 ぜったい変だよ。
 そんなのアヤコの方が知りたい!

 そんな事で悶々としてると「可愛いさ3割増しで、スク水姿描いてもらって良かったね」と言いながらマスミがやってきた。

「もうマスミまで……。やめてよ。でもなんであの写真がイラストになるの」
「だって、休憩室に飾ってあったじゃん」
「えっ? そうだっけ?」

 1階のプールが見渡せる2階の休憩室。小さい子どもたちのスクールの時には、お母さん達が見学出来るようになってる。
 スクールが終わった後、アヤコはむりやり休憩室に花沢先生を引っぱって、他愛のない話しをするのが大好きだった。
 そういえばそこに、A4サイズの額に納められて写真がいくつか飾られていた。はっきり憶えてないけど、その中にそんな写真があった様な気もする。いや確かにあった。

「それよりもね、私はちょっと不満なの」
 マスミはちょっとご立腹の様子。
「あの写真にはね、私も映ってたのに完全に無視よ。ちょっと許せない」
「あぁ、そうなんだ」マスミとアヤコでは、気にするポイント違いすぎる。
「それでね、アヤコ。昼休みに山口先輩に抗議に行くわよ」

 そこまでしなくてもいいと思いつつ、昼休みにマスミと一緒に2年生の教室に行く事になってしまった。

「あの〜。山口先輩はみえますか?」2年生の教室に踏み込んだマスミは堂々と山口先輩の名前を口にする。
 一斉にアヤコ達がいる出入り口に注目した。先輩たちが口々に、あの娘よ。ほら、スク水の。と言ったざわめきが聞こえる。
 ちょっとハズい。
「あぁ〜。君か! 来てくれたのか? うれしいよ! 写真よりもずっとイイ」
 一番奥、窓際からひときわテンションの高い叫び声が聞こえた。スグにわかった。きっとこの人が山口先輩だ。えっ? 机とか、他の生徒とか気にせず一直線にコッチに向かって来る。
 細い体、ハリガネ人形のように長い手足。神経質そうに眼鏡をかけてるけど、情熱の真っ赤なオーラを背負って、出入り口に突進して来る。
 あれだけ堂々としていたマスミでさえ2歩ほど引いた。
 もちろんあたしも。
「うれしいよ! 夕べのイラスト見てくれた? 見てくれたんだね。どうだった? 写真見た瞬間に『この娘を描きなさい』って天啓が下ったんだよ。だからこの出会いは神のおかげだよ。エーィメン。えっと名前は?」
「えっ、アヤコです。北村綾子」オペラのアリアのような一人芝居を始める山口先輩に、なんとか自己紹介はできた。

「さあアヤコ君。見よ。神に導かれしこの肖像を!」
 そう言いながら山口先輩は、イラストの元になったA4サイズの額に入った写真を天に掲げた。小六の時のスク水姿の私写真。うぅハズい。

 このさわぎの中、先輩たちは注目はしてるけど、教室は落ち着いているように見える。山口先輩のアリアには慣れっこなのかも知れない。マスミは雰囲気にのまれて何も言えない。

「でもそれ、スイミングスクールの休憩室にあった写真じゃないんですか? なんで先輩が持ってるんですか?」
 恥ずかしさをこらえて聞いてみた。
「昨日、妹を迎えに行った時、この素晴らしい肖像と出会ってしまったのだ。刹那、私の五感は全ては描く事を欲し、この肖像をすぐに手に取って帰宅し、イラストを仕上げてしまった。おかげでアヤコ君に出会う事ができたじゃないか。これぞ神の天啓と言わずして何と言おう」
 ダメだこの人、中二病も発症してる。
「それは誰かに言って持ってこられたんですか?」
「そんな暇はなかった。妹さえ持って帰るのを忘れたくらいだよ。はははっ」
「はははっ。じゃないですよ。早く返しに行ってくださいよ」
「わかったよ。アヤコ君。今日返しに行こうと思っておったのだ。その代わりと言ってはなんだが、放課後美術室でモデルをやってくれんか?」
「なんでそうなるんですか? 返すのはあたり前だし、モデルは別でしょ」
「しかし、君を見てから、創作意欲を抑える事ができなくなってしまったんだ。これはアヤコ君の責任と言えなくもないぞ」
「責任とは言えません。勝手にスイミングスクールに返しに……あっ」
「どうした? アヤコ君」
「いえっ、モデルやったら、一緒にスイミングスクールに行ってもいいですか?」
「もちろんだ。アヤコ君。むしろそうして貰った方がありがたい。では、放課後美術室で待つぞ」
「わかりました。放課後お伺いいたします」

「どうしてモデル引き受けたの?」昼休みが終わる頃、教室に帰る途中の廊下で、マスミが平べったい声で聞いてきた。
 もちろんアヤコだってモデルなんてやる気なかったけど、その後スイミングスクールに行く口実が出来るから引き受けてしまった。元スクール生でも、スイミングスクールに行くのはちょっと気まずいから、先輩の付き添いで行けるのはちょっとラッキー。上手くいけば花沢先生に会えるかもしれないし。
 そう言うとマスミは「好きにしな」と少しあきれ顔で言った。

 放課後、美術室に行くと部員たちが何かの作業をしていたけど、山口先輩は見当たらない。近くの女子の先輩にモデルの事を言うと「あぁ、スク水の娘ね」と言われて準備室に案内された。『スク水』で通るんだ……。
 準備室では、山口先輩が絵をかく準備をしてた。「ソコに座ってくれたまえ」背もたれのついた椅子が、先輩の方を向いておいてある。1時間くらい動けないのは仕方ないけど、正面から描かれるのはちょっと緊張しちゃうなぁ。
「20分程度だよ。別に動いててもいい。ただアヤコ君の一番の魅力は正面からの真っすぐな瞳だから、ちゃんとこちらを向いててくれよ」
 そんな事言われても緊張してます。ガチガチなんです。
「アヤコ君ちょっと固いね。仕方ないなぁ。じゃ脱いで」
「はい。って。えーっ?」
「はははっ。うそうそ。美術部のお約束ジョークだよ。アヤコ君にヌードを頼むなら5年くらい経たないとな」
「それって、まだガキって事ですよね? でも5年後もお断りですけど」
「それは残念だ」思いっきりセクハラだけど、ちょっとは緊張がほぐれたかな。

 こんなやり取りの後でも、絵を描きはじめると山口先輩の目は、すぐに真剣になった。これほど真っ直ぐに男の人に見られるのって初めて。
 緊張とは違う高揚感が体の中から沸き上ってきた。すごく気持ちよくて舞い上がりそうな感じ。しっかりと掴んでいないと浮き上がって、どこかに飛んで行ってしまいそうな感じさえします。
 モデルになっている間どんな顔をしていたのかわからないけど、もしかしたらアヤコの方が山口先輩に見蕩れていたのかもしれない。
 絵を描く時の山口先輩の視線は全てを見透かしてるみたいで、ずっと腰のアタリから背中に掛けてゾクゾクする妙な感じがしてた。
 服を着てるのに裸を見られてる様な、恥ずかしいけど包み込まれる様な心地よさを感じてた。ずっとこうしていたい。ずっと描いていて欲しい。そんな風に思わず願ってしまった。

「下描きできたよ」山口先輩の言葉で現実に戻った。
 山口先輩が見せてくれたスケッチブックには、真っ直ぐに見つめた瞳に吸い込まれそうな少女が描かれていた。
 今までに見た事のないアヤコがいる。
「奇麗。大人っぽい……」力強さと優しさが滲み出したスケッチを見て、そう呟いてしまった。
「大丈夫。アヤコ君はもっと奇麗になれるよ」そう言われた瞬間、急に体が軽くなって、宙に浮いてる心地がした。
 山口先輩が好きになってしまったかもしれない。

 モデルの約束が終わったので、山口先輩と一緒にスイミングスクールに歩いて行きます。本当は花沢先生と会う為にスイミングスクールに行く口実が欲しかったんだけど、もうどうでも良くなっていました。
 テンションが高くてちょっと変な人だけど、今は隣を歩いてるこの人の事がとても気になってしまいます。

 もし、スイミングスクールで花沢先生に会う事ができたら、ちょっと照れくさいけどバレンタインの時、ちゃんと出せなかった答えが出せそうな気がしました。

 バレンタインの時、先生は「アヤコは可愛いから、すぐに恋人出来ちゃうよ」って言った。その時そんな事言って欲しくなくてちゃんと返事も出来なかった。

 だけど、今ならちゃんと先生に返事できそうな気がします。
「アヤコにも好きな人が出来ました。だから応援してください」

 2ヶ月ぶりのスイミングスクールはもう目の前です。

<了>