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夜明け前のよたか

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石垣の雪

よたか2012.11.23 20:00:00

 船が港についた時まわりに誰もいない船のデッキでユノは「こんな所まで来ちゃった」と思った。


 15歳の時、福岡の実家を家出して、ヒッチハイクで旅した。持ち出したお金はすぐに無くなり、危険な男と一緒に居た事も、盲目の老婆と暮らした事もあった。

 女ひとり、しかも未成年。生きて行くにはそれなりの仕事をしないと生きて行けない。深夜のコンビニで仕事した事もあった。当然、バイトなんかじゃない。

 日本全国を回り終えた頃には、もうどこにも居場所なんてなかった。

 それで、鹿児島の港から輸送船にのって沖縄本島についたのは2年前。沖縄に電車がない事を初めて知ったのはその時。

「しっかし外人おおいなぁ。ココだと、沢山稼げそう」
 それが沖縄に着いて、ユノの最初の感想だった。

 ユノはあても無く旅をしていたので、学校の勉強は出来なかったけど、英語だけは喋れた。何と言っても外人は騙しやすいので必死に憶えた。

 京都では、観光客に近づき少し頭の足りない少女を演じて、枕探しをした。
 東京では、東南アジアから出稼ぎに来た男を相手に、親切にするフリをして、お金を巻き上げた。
 ユノから見ると今までの外人は『カモ』でしかなかった。

「くそ、アメ公め」

 しかし、沖縄でユノは、思ったように稼げない、米兵にいいようにアシラワレて騙される事の方が増えた。
 ホテルで最後まで相手しても、金貰えなかったり、ナイフで脅される事も一回や二回ではなかった。

 酒の量も増え、どうしようもない日々を送っていたが、ある日、とうとう金を払わない相手を刺してしまった。

「お前みたいな女に、払う金なんてねーよ」そう言って背中を向けて服を着る黒人の男に向かって、ベッド脇にある果物ナイフをつかみ、次の瞬間、男の脇腹に刃の根元まで突き立ててしまった。

 いままで、いろんな事をやってきたユノだったが、人を刺したのは初めて。
 黒人男性は、あまり気にしてない様に見えたが、ユノの手は既に真っ赤に染まっていた。
 叫びたかった。だけど、声を出すのは必死に抑えた。
 ナイフから手を離して、少し後ずさりすると、穴の空いたホースから水が漏れるように赤い血が細く噴き出しているのが見える。

 ユノの赤く汚れた両手を見て、男は何が起きたのかやっと理解できたらしい。英語でまくしたてながらユノの方へ向かって歩き出し、そのまま倒れた。

 生きているのか死んだのか、わからない。とにかく男の財布の中身を全部抜いて、両手をタオルで拭いただけで、服を着てホテルを出た。

 それから、何処をどう歩いたのか全く憶えてなかったが、歩いている途中で、黒人男性が下士官だった事、軽傷だった事、そして防犯カメラにユノが映っている事をテレビのニュースで知った。

 米兵が日本人に対してなにか事件を起こしても、なにもしてくれなかったくせに、自分たちになにかあるとすぐ動くんだから。
 ユノはそう思ったが、いま考えていても仕方ない。とにかく早く逃げないと。


 ユノは、そのまま石垣島行きの貨物船に乗り込んだ。客船じゃないので、当然密航と言う事になる。
 コンテナの隙間にもぐり込み、今までの事を振り返った。

 家を出るまでは、家を出れば何でも出来る、自由になると思っていた。だけど、自由なんて何処にも無かった。
 大人達に騙され、騙せば追われ、生きる為だけの日々を送ってきた。
 生きていれば、なにか出来ると思っていたけど、生きるためだけに、いろんな物を失って来た様な気がする。

「あたしなんて生きてても仕方ないや」
 出航前の貨物船の船底でユノはずっとそんな事を考えていた。


 翌日、船が港に着く前に貨物室を出ないと見つかってしまうので、船の上部に移動して、デッキまで上がって来た。遠くに島が見える。多分アレが石垣島。
 ユノは、これ以上逃げ場の無い所まで来てしまった。


 上陸は作業着とヘルメットを借りて、作業員のフリをして上陸した。そんな事は何度もやって来たので、今さらなにも迷う事なんて無かった。

 しかし、この石垣島の空気というか、空間は、沖縄とも、日本の何処とも違っていた。ただ気温が高いだけじゃなく、ユノを包み込む風が、空気が、柔らかくてとても暖かく感じた。

「あんたひとりかね」
 ユノが石垣の風に身をまかせていた時、真っ黒に日焼けした40歳くらいの男性が声を掛けて来た。白いシャツと深くかぶった帽子が印象的だった。

「はい」
 ユノは思いがけず、これまでにないくらい素直な返事をした。石垣島の空気がそうさせたのかもしれない。

「旅行じゃないよな。今日のあてはあるのかい?」
 男性は、少年のような笑みを浮かべて、ユノにそう言った。ユノは、小さく首を横に振った。

「牧場手伝うなら、うちに来てもいいけどどうする?」
 親切でそう言ってるかもしれない。しかしそれを簡単に信じられるほどユノは幸せではなかった。

「ありがとうございます。是非お願いします」
 思いっきりの笑顔でそう答えた。とりあえず行く場所が無かったし、なにかあっても、これ以上悪い事にはならないと諦めて笑顔をつくった。

 男性は『コータロー』と名乗り、ユノは『ミヤコ』と名乗った。コータローは疑いもせず、ユノを『ミヤコ』と呼んで話を続ける。

「牧場と言っても大して牛も居ないから、給料やすいぞ。ただ、飯はちゃんと喰えるから心配するな。働いてる奴らはみんな“マンション”に住んどるよ」

 ユノは“マンション”という響きにちょっと警戒した。マンションと口にする男にロクな奴は居なかった。

 30分も歩くと牧場についた。牧場の門の所には白いヤギが繋がれて居て、コータローを見ると嬉しそうにすり寄って鳴いた。
 動物を見て、可愛いと思ったのは子どもの時以来だった。こんなヤギが居るならそんなに悪くないかもしれないと思った。

 ユノは、牧場で働いている人たちに“ミヤコ”と紹介された。
「じゃ、俺はミヤコちゃんをマンションに案内してくるさ」コータローがそういうと、働いている牧童達が一斉に笑った。
 ユノは少し不思議に思いながら、ついて行くと2階建ての木造アパートが見えた。これはマンションじゃない。ハイツですらない。むしろそう長屋だ。

 呆然としたユノに、コータローは「立派なマンションだろ」と誇らしげだった。少し変だけど、ユノはそんなコータローと、マンションに少し好感を持ちかけていた。

 部屋は2階。ホコリっぽい4畳半。だけど、荷物もなにもないのでやたら広く感じる。

「夕食は焼肉で歓迎するから、7時までに部屋の掃除済ませて出ておいで」
 コータローにそう言われたので、ユノはとりあえず部屋の掃除を始める。ユノは自分の部屋なんて初めてだったので、少しだけ喜んでいる自分に驚いた。

 少し早かったけどユノが外の廊下に出ると、コータローがさっきのヤギを引っぱって来ているのが見えた。
 2階の外階段から眺めていると、コータローは、大きな刃物を持ち出して振り上げたかと思うと、そのままヤギの首を切り落とした。

 夕食に焼き肉やるからって、なにも殺す事ないじゃない。お肉なんて、スーパーで……、ユノはそこまで考えて、自分が生きている意味を突きつけられた気がした。

「きっと、わたしの歓迎のつもりなんだろう。わたしの歓迎の為に、ずっと育てて来たヤギを殺しちゃうんだ」

 ユノは、この“マンション”が、最後の居場所になるような気がした。

 もう12月。本土では雪が降っているかもしれない。
 ずいぶん時間をかけて、遠くまで来てしまった。

 ユノはそう思った。

<了>