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夜明け前のよたか

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わたしはネコじゃない

よたか2015.03.22 20:00:00

 笑顔をみると、ココロの体温が2度あがる。
 名前を呼ぶと、胸が一杯で呼吸ができない。

 彼女の事がスキ。ずっとソバに居たいから、カフェでカップを傾ける彼女のテーブルまで行ってソファー席の隣に座った。彼女はこちらを見て笑顔。読みかけの文庫本の栞を挟み直して、頭を撫でてくれる。柔らかなタッチで背骨が震えて爪先まで伝わる。あぁ幸せ。

 彼女の名前を呼ぶ。だけどその声は届かない。もどかしい。
 彼女の指先が、頭から喉へ移動すると、思わず息が漏れる。喉が鳴る。腰の力が抜けてそのままうつ伏せになる。執拗に彼女の愛撫はつづく。
 思わず体をひねって仰向けになってしまった。彼女はお腹まで撫でてくれる。このまま溶けちゃいそう。

「その猫また来てるんですか?」ウェイターの声がした。
「この猫《こ》ココで飼われてられるんでしょ」彼女は、忍び寄るように近くに来たウェイターに笑顔をプレゼントしながら聞き返した。
 その笑顔を他の人に向けないで。その笑顔は私だけのモノでしょ。ウェイターを睨みつけた。
「その猫、お客さんが来られた時だけ店に入ってくるんですよ。今も僕の事睨んでるでしょ」ウェイターは苦々しくそう言った。
「えっ、ノラ猫なの?」さっきまで動いていた彼女の手が固まった。どうしたの?
「えぇ、ペルシャみたいにベージュの綺麗な毛並みなんですけどね、ノラ猫ですよ」
「そんなぁ、綺麗だから、飼い猫だと思ってた」彼女の手が離れた。少し残念な気持ちで、目を開けて彼女の顔を見る。笑顔じゃない。というか表情がなくなってる。

 なにがどうなったのかよくわからないけど、彼女はウェイターからおしぼりを受け取って、手を拭いていた。もう一度、彼女の名を呼んだ。
「ご、ごめんね。ノラ猫はちょっと……」彼女はそう言いながら、カバンを動かして壁を作る。
「すいません。お客さん。この猫、追い出しますね」そう言ってウェイターが回収したおしぼりを振り回した。湿って冷たい布が鞭のようにお腹に当る。
『痛いよ!』そう言っても通じない。
 ソファーから飛び降りて、そのまま店の外に走り出して、道を挟んだ植え込みから店の様子を伺う。遠くてよく見えないけど、すでに彼女は文庫本を読み始めていた。ウェイターはソファーを拭いている。

『飼い猫』ってなんなんだろう。なんで『ノラ猫』じゃだめなの? そもそも猫だからダメなの? 人間じゃなきゃダメなの?
 小さな頭でそんな事を考えてみたけど、わからない。

 植え込みから離れて、いつもの公園へ向かう『飼い猫』になったら彼女はもう一度撫でてくれるかなぁ。でもどうやったら『飼い猫』になれるんだろ。そんな事を考えながら歩く。人や車の道は歩きにくいのでブロック塀の上を歩く。

 塀の片方は人や車の道。反対側は木が立ってたり、犬がいる事もある。だいたいは繋がれて仕方なさそうに寝てるけど、たまに塀の中を走り回ってる時もある。そんな犬は急に吠えたりするのでビックリする。

 だけど、今日は不思議な光景をみた。犬の変わりに猫が繋がれていた。
 猫の首輪に鎖。なんか変。あの猫はこうしてブロック塀の上を歩く事も、彼女に会いにカフェに行く事も出来ないんだ。少し可哀想だ。
 立ち止まってその猫を見てると、その猫もこちらに気がついたらしく、顔を上げてつぶやいた。

「ここから逃げたい。飼い猫はイヤだ。ノラが羨ましい」

 これが『飼い猫』なの。急に腹が立った。
「『飼い猫』なら彼女に会えるのに。彼女に撫でてもらえるのに。羨ましいのはこっちよ』その時はそう言い返した。

「死んだ犬の変わりにこんな鎖付けられてるのに、どうやってその『彼女』とやらに会いに行くんだよ?」

 猫だから仕方ないかもしれないけど、そんな事も考えられなかった。そうか、どちらにせよ、猫じゃ彼女に会えないのか。がっかり。

 そんな訳で、結局、人間に嫉妬した。

<了>