よたかが書いた作品を掲載中
夜明け前のよたか

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決めた日

よたか2012.10.19 20:00:00

目の前にお父さんがいる。
 中学生になったお父さんがいる。

「は、はじめまして。いいお天気ですね。」

 何度見ても、細く優しい顔立ちで、えっと、かわいい少年だったので、その、冷静でいられません。今度は曇天には相応しくないあいさつをしてしまった。

「……うん」

 中学生のお父さんは、調子ハズレなあたしのあいさつより、ボロボロになった姿を年上の女子に見られた事を気にしているみたいだった。スルーされて助かったと思う反面少しだけ寂しかった。

 私の知ってるお父さんは、身長は高くないけどガッチリした体格で、とても低脂肪高蛋白。腕周りなんか太もも並みに太い。典型的な脳筋オヤジだった。

 しかし目の前の中学生のお父さんは、目元や顔つきに面影はあるものの、色白でしかも華奢。コッチの方がかわいくてあたしの好みにずっと近い。

 だけどきれいで白い顔は、内出血で赤く腫れて青痣もある。左の鼻の穴からは血も出てる。

 白いカッターシャツは、土で黒く汚れ、黒い学生ズボンは乾いた泥で白く汚れていた。

「怪我はちゃんと洗わないとバイ菌はいっちゃうよ。」

 そう言って、洗って湿らしたハンカチで傷口を拭くと、中学生のお父さんはうつむいて「もう、ほっといてよ」と涙ぐんで声にならない叫びをあげた。

 あたしが怪我した時なんて、大声で泣いても、しつこいくらい傷を洗ってたのに、中学生のお父さんは少し勝手だと思った。だけど、中学生のお父さんがボロボロになっていくのを、最初から見ていたあたしは、『仕方ないかな』とも思った。

 それよりも、あたしにはやらないといけない事がある。女子高生の娘の前で泣いている中学生のお父さんにちゃん言わないとココに居る意味がない。

 多分これで、最期だから。

 時間の事を考えるとちょっと面倒なんだけど、夕方の6時くらい。感覚的には5時間くらい前の事。

 学校から帰ると脳筋オヤジがリビングで、やたら分厚い本を読んでいる。分厚いと言っても少年漫画雑誌でも電話帳でもないその本は、百科事典みたいなハードカバーの本だった。

 脳筋オヤジが読むにはそぐわない。そんなにたくさんの情報を許容量の少ない脳みそに入れたら、容量が足りなくていろんなモノがこぼれ出ちゃわないか? なんてちょっと心配になった。

 おそるおそる近寄る。きっとアレはトレーニングとか、筋肉の鍛え方とかの本なんだと思い込んでいたあたしの予想はあっさり裏切られた。

『大宇宙の神秘』そんな名前の本だったと思う。

 脳筋オヤジは火星のページを開いてて、あたしが帰ってきた事も気にも留めず、じっと『大宇宙の神秘』にひたっていた。

 なんで急に……。そう聞こうとしたあたしに、脳筋オヤジが顔を上げてふいに口を開いた。

「あぁ、宇宙行きてーな。」
 はっ?
 何言ってんの脳筋オヤジ。
 宇宙って空気ないんだよ。あんたが肺活量に自信があっても生きて行けないし、どんだけスクワットやって鍛えてジャンプしてもとどかないんだよ。

「あのとき、柔道とかはじめなかったら、勉強して宇宙飛行士とか目指せたかもしれねーのになぁ」
 あぁ、何言っても脳筋は脳筋だ。
 少し勉強したくらいで宇宙飛行士とかなれる訳ないじゃん。

「中学校の時の成績は、天才の域だったんだぜ。あっ。信じてないな」
「いきなり『宇宙行きてーな』なんていう脳筋の言う事、信じられる訳ないじゃん」
「なんだよ『脳筋』って?」
「脳みそまで筋肉って意味よ。」
 この一言がキッカケで、今日もお父さんとの言い合いがはじまる。
 でもこの日はお互いちょっと言いすぎた。

「もっと普通にスマートなお父さんがよかった!」
「なんだと、もう顔見せるな!」
 そう、売り言葉に買い言葉。
 いつもならココまで言わないのだけど、お父さんだって酷い事言ったから、おもわず酷い事言っちゃった。

 そうは思っていたけど謝りもせず、居間を出て自分の部屋に駆け込んだ。
 ちょっとイラつく。
 ちょっと涙ぐむ。
 この時は、なんでお父さんがあんなに怒ったのか解らなかった。

 イラついた気持ちそのまま、二つ折りの座布団を枕にカーペットの上に寝転んで、高校に入った時に買ってもらった充電中のスマホに手を伸ばす。

 使いもしないアイコンで埋め尽くされているスマホの画面。電池マークは満タンなのに、最近ちょっと動作が鈍い気がする。

 それでも懲りずに、まだアプリを探して彷徨ってる。有料のは避けて、無料のアプリをデタラメに検索して見る。ダウンロードが一桁のアプリとか一杯出て来る。

 きっとつまらないゲームばかりなんだろうけど、人差し指で画面をハジキながら誰も知らない優良アプリの発掘を続ける。

 加速して流れていく画面の中で、あるアプリが目に留まった。「決めた日」変な名前。しかもダウンロードは0。

『タイトルのセンスがないよね。』
 でもあたしは、そのセンスのないタイトルにつられて「詳細」画面まで読んだ。

『他人の人生をシュミレーションしてその人の分岐点に立ち会えるアプリです。くれぐれも過去を変えたりしないようにご注意ください。』
 なんだこりゃ。RPGみたいなのかなぁ?
 こんなにイラついた時は、シュッとして、バッとやって、ドカンってなるヤツの方がいいんだけど、なぜかその変なアプリが気になってしかたない。
 まぁ、無料だからダウンロードしちゃえ!
 5時間前のあたしよ、もう少し考えろよ。なんでそんな微妙な物ダウンロードしちゃうんだよ。おかげでとんでもないことになっちゃった。

 そうなんです。お察しの通りそのアプリはただのゲームとかじゃなくて、あたしの意識を過去に跳ばすプログラムだったんです。

「決めた日」を起動。入力フォームにお父さんの名前と年齢を入力した。
 30秒ほど待ったあと、スマホのベルが鳴ったので何も考えずに耳に当てると、ガサガサというノイズ音が聞こえる。
 ちょっとした不快感。目眩もした。
 気がつくと、自分の部屋に居たはずの私は、どこか知らない景色の中に居た。

 もう日も暮れ掛かっていた。
 住宅地だと思うんだけど、目の前には枯れ草で覆われた広い空き地。でも荒れ地じゃなくて、人の手が入っている感じがする。一歩くらいの間隔で固い枯れ草の切り株が並んでる。

 はじめて見る景色に途方にくれた。

 気がつくと、左手に持っていたはずのスマホがなかった。
 しかも、あたし、セーラー服着てる。中学校の時から制服はブレザーだったのでセーラーも着てみたかったけど、着た事なかったし持ってなかった。

 夢だな。これは夢だ。
 あまりにも不条理。
 夢だと考えるしかなさそうなので、夢だと思い込む事にした。

 しかし、ソレにしては、ちょっと寒い。この夢の中ではそろそろ冬も近いようです。
 薄暗い空き地のちょっと離れた場所に、騒いでる5、6人の男子の影が見えた。

 足元の草の切り株に躓きそうになりながらヨタヨタ近寄ると、何人かの男子がひとりの男の子を取り囲んで殴りつけ、蹴り、踏みつけてるのが見えた。

 始めて目の当たりにした暴力に足がすくむ。夢なのに変だな。

 お父さんの柔道の試合とか何度も見た事あるから、こういう闘いというか、格闘技は慣れてるはずなのに、目の前の一方的な暴力はとても恐しかった。

 最初は抵抗していた男の子もだんだん動かなくなって、反応しなくなり、声さえ出さなくなっていく。
 あたしは、そんな様子をただ呆然と見てた。見ないフリはすればいいのかもしれないけど無責任な気がした。
 だけど、なにもしないなら同じなのに。

 あたりが真っ暗になる頃、動かなくなった男の子ひとり残して、男子たちは空き地を離れていった。
 男の子が動きそうになかったので心配になって、あたしは男の子の所へヨロヨロと近寄る。
 シャツのボタンが取れて、はだけた胸を大きく上下させながら仰向けに倒れている男の子。そう、その時あたしは直感的に彼が『お父さん』である事に気がついてしまったのでした。


『夢の中』だから、そんな不思議な事もあるかもしれない。なんとなく感じる不安をそんな風に打ち消して男の子に声をかけた。

「こんにちは。大丈夫?」
 どんな顔していいのか解らないから、とにかく真顔でそう言ってみた。返事はない。泣きそうな、悔しそうな、恥ずかしそうな、虚ろな目であたしの方を何となく見てるだけ。

「どうしてこんな事になったの?」
 中学生でも彼が『お父さん』だと確信したあたしは気軽に彼の体を抱えて起こそうとしたけど、彼はキュッと体に力を入れてあたしの手をよけた。

 イヤ。というよりも恥ずかしいのかもしれない。
 少なくともあたしの知ってるお父さんは、見栄っ張りで、あたしに弱音を吐いたりしない。中学生のお父さんも同じだと思った。
 きっと、ボロボロになるのを年上の異性に見られたのが辛かったんだ。

「わかったわよ。触らないからとにかく傷は水で洗いましょ。」
 小さなときからお父さんに言われた事を中学生のお父さんに言うと、渋々言う事を聞いてくれて、一緒に公園の蛇口まで連れてくる事が出来た。

「お姉さんさ……。」
「なに?」
「お姉さん、いつから田んぼに居たの?」
「田んぼ?」
 あぁ、あれって田んぼだったんだ。初めて見たよ田んぼ。田んぼというと、青々と稲が育っている水田しか思い浮かばなかった。へぇ〜。稲刈った後はあんな風なんだ。
 というか、お父さんが中学生の頃って、こんな街中にも田んぼがあったんだ。すごいギャップなんだけど、とにかく話を合わせる努力をする。

「たまたまよ。たまたま。君が倒れてたのが見えたから、た、田んぼに入ったの」
「あんなに暗いのに? 目がいいんだね。」多分見透かされてると思った。でもそれ以上何か言うと、ボロボロになってる時の話になるから、中学生のお父さんはそのまま黙ってしまった。

「君、名前は?」知ってるのに、一応確認の為に聞いてみる。
「ぼくは……。」やっぱりお父さんの名前だった。

 こんな時ってどうすればいいんだろう?
 慰めた方がいいのかな?
 でも、何言えばいいんだろ。

「お姉さん。喧嘩弱い男って、ダメだと思う?」救いを求める様にあたしを見上げる。
「腕力だけの男って魅力ないなぁ。あたしはもっと自分の夢に向かって努力する男の人が好きよ。」自分でも何言ってるのか良くわからないけど、とりあえずそう言った。
「そうなんだ。ありが……」彼がゆっくり顔を上げて、明るい表情で見上げてくれたと思ったその瞬間、あたりが急に明るくなって、彼の姿が消えて、気がつくとあたしは、かなり高い場所に居た。

 人が造れるどんな建物より高い場所。

 真下には模型の様な街が見え、遠くを見ると地球が丸かった事が実感出来てしまう程の場所にいた。
 空中に浮かんでいるとか、雲の上で寝転がってるとか、そんな感じの場所に居た。そして、左手にはスマホを握りしめていた。

 雲と同じくらいの高さに居るから、天上には雲ひとつない晴天の空。あたしが知ってる空色よりもずっと濃いコバルト色の空が広がる。

 スマホの画面には『ゲームオーバー』と表示されてその下にゲームの結果かなぁ、いろいろ書いてあった。

『田んぼで知り合った年上の女性に励まされた彼は、小さな頃から夢見ていた宇宙飛行士になる決心をした。かなり勉強して国立大学に入学。体力を付ける為に陸上競技をはじめる。大学の研究室に残り宇宙飛行士になるチャンスを待っている』

 何コレ? お父さんは、高卒だったはず。
 突然の事で、驚きはしたけど、何が起きたのかなんとなく理解はしてた。

 画面には2つの選択肢。
 [リトライ] 変わってしまった過去をもう一度やり直しにいく。
 [エンド] 諦めて生まれ変わりの順番を待つ。

『くれぐれも過去を変えたりしないようにご注意ください。』
 アプリの詳細に書いてあった事を思い出す。

「過去が変わって、あたしは居なかった事になったんだ……。」
 マジもんのゲームだ。
 かなり、やっちまった感。

 誰もイナイと思っていた『雲の上』だったけど、周りに人の気配がする。
 しかもかなりの人数。
 だけど、気配だけ。姿は見えない。

「だれかいるのかなぁ?」
 ひとり言みたいに誰かに呼びかけてみると、意外と近くから何人かの声が聞こえた。

「たくさんいるよ」「順番まってるんだよ」
「100年くらい待ってる」「今から並ぶと300年くらいらしい」
「これから子ども減るからもっと掛かるかも」「いっそ犬でもいいかなぁ」
「ニワトリと、豚の列は早いよ」「でも戻ってくるのも早いよ」

「えっと、みなさんは何を待ってらっしゃるのかなぁ」
 見えない相手に、おそるおそる聞いてみる。

「なにって、生まれ変わるのを待ってるんだよ」
「やっぱり人間が一番お得だよね」
「前は猫だったっけど、すぐに三味線にされちゃった」
「前は朱鷺だったけど、結婚相手が爺さんだし、ずっと出られなかった」
「前はクジラだったけど、頭の油だけヌカレて体は放置された」
「前は……」「前は……」「前は……」
「やっぱり人間が一番お得だよね」

 みなさん、人類の勝手にはイロイロ思うところがあるらしい。
 ダメだこんなところで生まれ変わりを待つなんてあり得ない。
 そこであたしは、迷わず[リトライ]のボタンを選んだ。

 気がつくと、ソコは先ほどの田んぼ。
 あたしは、さっきと同じセーラー服の女子高生だった。

 そして2回目のあたしは、中学生のお父さんにしつこく「柔道やりなさいよ。柔道!」と言った為に退かれてしまい結局、雲の上に舞い戻ってしまった。

 ゲームオーバーの画面にはこんな風な事が書いてあった。

『田んぼで出会った血走った目の女性から、うわ言のように『柔道やれ』と言われた彼は、そんな人たちを助けたくなって、精神科の医者になる事を決意した。かなり勉強して国立の医大に入学。カウンセラーとして活躍している』

 お父さんは、あたしの事を可哀想な人だと思ったらしい。かなり凹んだ。

 そして、3回目。中学生のお父さんに「守ってくれる強い男が好きよ」と言ったが、結局雲の上。

『田んぼで出会った女性から、「みんなを守る男の人が好き」だと言われた彼は、弁護士になる事を決意した。かなり勉強して国立大学の法学部に入学。卒業後は検事として忙しい日々を送っている』

「そんな〜」半分絶望しかけた。

 しかし、諦めて300年待つとかあり得ない。第一自分はまだ死んでないし、何もやってない。そしてなによりも……。

 それから、何度も10分程度の時間を繰り返して行くけど結局、雲の上へ戻って来てしまう。
 20数回の失敗を繰り返していくうちに不安が募っていく。自分自身の事もそうだけど、今まで私が失敗だと思ったお父さんの未来は、ほとんどが明るい未来だった。

 そんな明るい未来を『あたし』の都合だけで帳消しにしてもいいのだろうか?
 お父さんの幸せに『あたし』は邪魔じゃないのか?
 自分がやっている事がとてもワガママで自分勝手な事に思えてきた。ずっと、自分の都合でお父さんに『強くなれ!』って押し付けて来た。それが本当に正しい事なのか、わからなくなって不安になって来た。

 そう考えると[リトライ]を押すのをちょっと躊躇する。でも、もう一度会いたい。会ってちゃんとお別れしたい。そうは言ってもこれも勝手な話。知ってるのはあたしだけで、お父さんはあたしの事なんて何も知らないし、あたしのお父さんでも無くなる。

 勝手だとは思ったけど、最期にもう一度だけ[リトライ]を押した。

 うつむいて泣いているお父さんを公園まで連れて行って、傷を水で洗って、持っていたハンカチで拭いて上げた。
 最後だと思うとちょっと泣きそうになったけど、我慢して手当を続けた。

「おねえさん。ありがとう」ささやく様な小さな声で、お父さんがそう言った。
「うん。気にしないで」それだけ言うのがやっとだった。
「おねえさん、どうして親切にしてくれるの?」あたしの方を見上げながら聞くお父さん。
「さて、どうしてかなぁ」思いっきりの笑顔で答えた。お父さんは恥ずかしそうに下を向いた。
「おねえさん名前聞いていい?」唐突に聞かれて、驚いてスグに名前を言った。
「かわいい名前だね。おねえさんにピッタリだよ」あんたがつけたんでしょあんたが。と思わず突っ込みを入れたくなる。
「ありがとう。お父さんがつけてくれたんだよ。とても気に入ってるの」涙をこらえて笑顔でこたえた。
「お姉さん。喧嘩弱い男って、ダメだと思う?」
 何度も聞かれたこの質問。どんな事を言ってもダメだったこの質問。
 でもコレが最期なので、自分の思った事を伝えようと思った。

「強い人の方がいいけど、喧嘩しない人がいいな。本当の強さって腕力じゃなくて気持ちの強さなんだって」
 小さな時から、お父さんに言われ続けた事を口にした。
「気持ちの強さ? 精神力の事なの?」
「知らない。柔道やってたお父さんが、いつもそう言って教えてくれたの」
 目の前の少年とは関係なくなる、あたしのお父さんの事を思い出してそう言った。
「おねえさん。また会える?」少年が真剣な目であたしを見ながらそう言った。
「多分無理かな? でも、君の事忘れないよ。いままでありがとう」
 あたしがそう言うと、少年は目を丸くして何を言っているのかわからない様子だった。
 それはそうだ。少年とあたしのお父さんとはもう関係ない。ちゃんとお別れを言ったあたしは、またこのまま雲の上に戻るだけだ。

 そして、あたしが最期に見たのは、笑っていたのか、泣いていたのかわからないくらい記憶も曖昧だけど、優しい目の少年の顔だった。

 気がつくとあたしは、スマホを手にしてうつ伏せで寝転んでいた。あれからお父さんがどうなったのか知りたくて画面を覗こうとすると、電池切れの音とともに、画面が消えてしまった。

 そりゃそうだ。5時間ぶっ続けでゲームしてたら、電池もなくなるに決まってる。
 でも、電池切れになる前にちゃんとお別れが言えて良かった。

 300年待つのはちょっと憂鬱だけど、ちゃんとお別れが出来て本当に良かった。出来なかったら300年ずっと後悔したままだもん。

 そう思って、寝返りを打つとそこには、濃いコバルトブルーの空ではなく、見慣れた天井があった。丸い蛍光灯の照明からはスイッチの紐がぶら下がってる。

 あれ? 夢だったんだ。
 当然そう思った。思ったけど、寝ていた気がしない。時計を見ると、6時を少し回ったところだから、帰ってから10分もたっていない。
 10分くらいであんなにはっきりした夢を見るなんてちょっと変な感じがする。それに、10分でスマホの電池が全部無くなるなんてどう考えても変。

 電池が切れたスマホをケーブルに繋いで、例のアプリ『決めた日』を探して起動させると、ゲームの結果にこう書いてあった。

『田んぼで出会った年上の女性から怪我の手当をしてもらった彼は、その女性に憧れて、女性の父親がやっていた柔道を初める。高校を卒業してその女性に面影が似た女性にプロポーズして結婚。生まれてきた娘にその女性の名前をつけて溺愛している』

 なんだこりゃ?
 たしかにお母さんとあたしは似てるけど、結婚した理由ってそういう事?
 しかも、好きだった女の名前を娘に付けるなんてちょっと痛すぎる……。

 そして、なに、この最後の『溺愛』ってなに。
 されてないし。……多分。

 そして、あたしは、アプリを削除した。

<了>