よたか2012.12.09 20:00:00
「あれ? アヤコお出かけ? お洒落じゃない」「ふぅーん。そやろ。もっと誉めてくれてええよ」
「誉めろと言われてもな、小学校6年の女の子になんて言えばいいんだろ『可愛い』とかでいいのか? 『奇麗だね』の方が適切か? それとも服誉めるか? でもブランドなんてアディダスとナイキくらいしか知らないし……」
「先生、なにゴチョゴチョいうてるの? 『大人っぽいね』とか、『素敵だよ』とか言い方なんていくらでもあるやん」
「いや、両方ともない」
「うっわぁ。先生ムチャ失礼。アヤコがせっかく、プールから上がってソッコウ、気合い入れて髪乾かして、編み上げてリボン付けたんよ。ピンクのリップが色っぽいとか思わへんの?」
「本当に申し訳ない。心からお詫びします」
「本気で言うてる?」
「3割くらいかな」
「いやっ、なに? 先生酷いやん」
「ごめんごめん。今日も休憩室でカフェオレおごってあげるから」
「今日は『用事』があるし、休憩室は行かへん」
「そうなの? 6年生は今日でスイミングスクール終わるし、ここでサヨナラか。ちょっと残念かな」
「えっ? 先生『残念』て思うてくれるの? そやったらアヤコと一緒に行こう」
「『行こう』ってどこ? 『用事』あるんだろ」
「まぁ、そやねんけど、方向一緒やし。電車乗ってくし」
「あぁ、そういうこと。じゃ一緒に帰ろうか」
「うん。そういう事やねん。一緒に行こ」
「あれ? アヤコお出かけ? お洒落じゃない」
「ふぅーん。そやろ。もっと誉めてくれてええよ」
「誉めろと言われてもな、小学校6年の女の子になんて言えばいいんだろ『可愛い』とかでいいのか? 『奇麗だね』の方が適切か? それとも服誉めるか? でもブランドなんてアディダスとナイキくらいしか知らないし……」
「先生、なにゴチョゴチョいうてるの? 『大人っぽいね』とか、『素敵だよ』とか言い方なんていくらでもあるやん」
「いや、両方ともない」
「うっわぁ。先生ムチャ失礼。アヤコがせっかく、プールから上がってソッコウ、気合い入れて髪乾かして、編み上げてリボン付けたんよ。ピンクのリップが色っぽいとか思わへんの?」
「本当に申し訳ない。心からお詫びします」
「本気で言うてる?」
「3割くらいかな」
「いやっ、なに? 先生酷いやん」
「ごめんごめん。今日も休憩室でカフェオレおごってあげるから」
「今日は『用事』があるし、休憩室は行かへん」
「そうなの? 6年生は今日でスイミングスクール終わるし、ここでサヨナラか。ちょっと残念かな」
「えっ? 先生『残念』て思うてくれるの? そやったらアヤコと一緒に行こう」
「『行こう』ってどこ? 『用事』あるんだろ」
「まぁ、そやねんけど、方向一緒やし。電車乗ってくし」
「あぁ、そういうこと。じゃ一緒に帰ろうか」
「うん。そういう事やねん。一緒に行こ」
まだまだ寒い2月のはじめ、小学6年のアヤコはスイミングスクール最後日に、担当している花沢コーチと一緒にスイミングスクールの建物を出て駅へ向かう。
薄暗くなりはじめた冬の夕方、コンクリートの歩道を歩く二人。
「なー、なー。先生。今日のアヤコ大人っぽいやろ」
「まだそんな事言ってるの? まぁ、最後の日だから言うけど、アヤコは十分可愛いとおもう」
「えっ、なに? なに? もっぺん言って。なんでソッチ向いてるの? コッチ向いてもっぺん言ってーな」
「うるさいなぁ。今の嘘。嘘だよ」
「先生、もしかして照れてる? アヤコに照れてる?」
「そんな事ないよ。子どものクセに何言ってんだ」
「先生って、あれやな。ツンデレやろ。はよデレて。そしたらデートしてるみたいでいい感じになるやろ」
「誰がツンデレだ! 何がデートだ! 俺ジャージだぞ。そんな可愛い格好したアヤコとバランスとれないだろ」
「ふふふっ。やっと可愛いって言ってくれたね。デレの始まりや。でもなんでいつもジャージなん? もっとカッコいい服来てくればええのに」
「太ももとか、イロイロサイズが合わないんだよ。ほっとけ! あと、デレなんかないし」
「あかんなぁ、先生。そんなんじゃ先生モテへんやろ。彼女いーひんやろ」
「それこそ、ほっとけ!」
「やっぱそうなんや。可哀想。仕方ないしアヤコが彼女になったげようか?」
「それはイロイロだめ」
「アヤコが小学生やから?」
「そうだよ」
「もうすぐ、中学生だよ」
「それもダメ。大人と子どもだし、先生と生徒だし、世間が大騒ぎだ」
「ふーん。つまらんなぁ」
「なに言ってんだよ」
「……」
駅に着いた二人は誰もいない上りのホームへ向かう。ほどなく到着した電車に乗り込む2人。夕方の上り電車。車両には2人だけ。車両の端の席に並んで座る。
「おぉ、貸し切りみたいやな」
「この時間は下りの方が一杯だからね」
「ふーんっ」
「なに? 変な笑い方して」
「あんな、こうして2人並んで座っとると、恋人みたいやんな」
「まだそんな事言ってるの?」
「ええやん。今日で最後なんよ。それくらい言ってもええやん」
「そうだったよな。今日の授業で6年生のクラスは終わりだもんね」
「うん。ちょっと寂しい思てる」
「なんでだよ。中学校は楽しみじゃないの?」
「いや、中学校は楽しみなんやけど……」
最後の言葉を濁したまま、アヤコは花沢コーチの腕に抱きついて、おでこを肩に擦り付けた。
「そんなにくっつくなよ。ダメだよ。恥ずかしいよ」
「ええやん。誰も見てへんし。このままがいい」
「そ、そうだけど、アヤコ。ちょっと……」
「ええやん。このままがいいの」
「えっと、仕方ないな。でも人が乗って来たら離れろよ」
「うん。多分離れる」
「じゃ、いい事にしとこうかな」
「うん。いい事にしとこ」
結局、電車を降りるまで、その車両には誰も乗って来なかった。冬の7時はもう暗い。チカチカ光る街の駅を出ると、仕事を終えた人たちと沢山すれ違う。
「俺は少し歩いて電車を乗り換えるけど、アヤコは何処に行くの?」
「途中までいっしょ。だから行こう」
2人は、歩き出した。幾分ゆっくりと歩いてる。少し暗い公園の脇を通る時、「ちょっと話していかへん」と言って、アヤコは公園の中に入って行く。後を追うように花沢コーチも公園の中に入る。
「夜やと誰もいーひんな」
「冬の夜だし寒いからね」
「ベンチ座ろう。ひゃっ。つめたっ!」
「はははっ、ベンチはちょっと冷たいよね」
「笑わんといて。 先生も隣に座ってな」
「わかったよ。おぉ。つめたいっ!」
「ふふっ、先生も冷たかったんやん」
「うん。冷たかった。で、話って何だった?」
「アヤコな、先生と二人で座ってたら、幸せな気持ちになんねん」
「そうか、そう言ってもらえると、俺も嬉しいよ」
「アヤコな、先生にバレンタインのチョコあげたいんやけど、貰ってもらえますか?」
アヤコは何度も練習したセリフを、花沢コーチに伝える。
「ありがとう。うれしいよ」
花沢コーチはアヤコの方を向いてるのに、アヤコは目を伏せたまま。
「それでな今日、最後やろ。そやしアヤコ、先生からプレゼントが欲しい」
「いいけど、いま、何も持ってないよ」
「ええねん」
アヤコはそう言って立ち上がり、花沢コーチの正面に立つ。花沢コーチはアヤコを見上げる。
「はい。これ、チョコ」
アヤコはずっと持っていた、バレンタインのチョコレートと、メッセージカードが入った、小さな手提げ袋を差し出す。
「帰ってから……、開けてな……」
そう言って、アヤコは、すこし花沢コーチを見つめる。
そしてそのまま、体を預けるように抱きついた。
「先生、好き。だから初めてのキスは先生がいい」
花沢コーチの肩が、一回ビクっと跳ねた。
「アヤコにキスして」
震えながら精一杯の告白。
花沢コーチはゆっくりとベンチから立ち上がり、目の前のアヤコをそのまま抱きしめた。生地の厚いコート越しにアヤコの震えが花沢コーチに伝わる。
アヤコの冷たくなった頬に、花沢コーチの短いヒゲがあたった時、アヤコは初めてコーチのとの歳の差を感じた。
花沢コーチは、アヤコから顔を離して、アヤコを優しく見つめてキスをした。
「……えっ?」
「今は、これで我慢してくれる?」
「ホッペタ?」
「そう、ホッペタ」
「これだけ?」
「そう、いまはこれだけ」
そう言って、抱きしめた手を、ゆるめながらアヤコから離れる花沢コーチ。
「……」
「じゃあ、もう行く。チョコありがとう」
「そしたら……」
「そしたら、アヤコが18歳になった時、先生に彼女がいなかったら、アヤコを彼女にしてくれる?」
「わかった。もしそうなったら、今度はちゃんとキスしよ」
「……」
「でも、アヤコは可愛いから、すぐに恋人出来ちゃうよ」
「そんな事ない。先生が一番やもん」
溢れてしまいそうな涙を見られたくなくて、アヤコは顔を伏せた。
「チョコレートありがとう。アヤコ。気をつけて行くんだよ」
「先生……」
「なに?」
「先生、ありがとうございました」
アヤコは泣き顔を隠すように、深く頭を下げた。
花沢コーチは、振り返らずに、乗り換える駅の方へ歩いて行く。
乾いた冬の空気が、跡を残してアヤコの涙をすぐに乾かす。
アヤコは、花沢コーチが行った方向を向いて、体を起こし花沢コーチが座っていたところに座る。
「18歳、6年後かぁ」
アヤコは何となくつぶやいてみる。
「ギュッてして欲しかった。やっぱキスして欲しかった」
誰の耳にも届かない、アヤコのひとり言。
『大丈夫。叶えてあげるよ』
その時、誰かの声が聞こえた。
「えっ? 誰かおる?」
アヤコは振り返ったけど、誰もいない。
「誰もいるわけないか。あぁ、雪が降ってきた……。もう帰ろ」
『用事』をすませたアヤコはベンチから立ち上がり、駅に向かって歩き出した。
<了>