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デザインと芸術

よたか2013.06.02 20:00:00

「デザインと芸術の違いは何でしょう?」
 太一は、デザイン専門学校の授業での教師の質問を思い出していた。
 
 太一は絵を描くのが好きでずっと絵を描いて来て、高校は美術科に入れたが、美大受験には失敗した。太一は浪人しても行きたかったが、親からの援助が受けられず、結局手近なデザイン専門学校に入り2年後に卒業して、地元の小さな広告代理店にデザイナとして入社した。

 デザイナと言っても、作るのは求人募集の記事と、スーパーのチラシがほとんどで、たまに来る市民会館のポスター等は先輩デザイナがやるので太一がやる事はほとんどなかった。
 
 ココではデザインさえもさせてもらえません。こんな事では自分のやりたい事なんてなにも出来そうにありません。
 
 太一は入社して2年間ずっとそう思ってきた。自分のやってる事は本当にやりたかった美術からちょっとづつ遠ざかって行くのが恐かった。だけどココを辞めても仕事のアテなんかない。デザイナとはいっても無名じゃ潰しが効かない。そんな惰性の毎日を繰り返していた。
 
 そんなある日、高校の同級生で4年生の美大に行ってる奴から案内状が届いた。卒業作品展の案内だった。

 自分だって現役で美大に進んでいれば卒展の時期になる。案内状に使われている絵は明らかに高校のときよりも上達している。高校の時は俺の方が……。
 しかし、太一は何かしらその案内状に違和感を感じていた。絵は上手いのだけど、何かがおかしい。なんだろう?

 その感情は、うまくいっている同級生への妬みだと感じて少し恥ずかしいと思った。行かなくてもいいなら行きたくないけど、負けてしまった気がするのでとにかく卒展には行く事にした。
 
 卒展の初日レセプションがあるので安い胡蝶蘭の鉢植えを持って、会場に向かった。高校の同級生が数名居た。
 2年間、美術から離れていた太一から見ても、同級生達の腕は上がっていた。構図、配色、モチーフどれを取っても今の太一では創造できないモノばかりだった。
 太一がココに来た事を少し後悔しかけて、パーティー会場を後にしようとした時、ロビーでデザイン専門学校の先生と出くわした。
 簡単なあいさつの後、何故ここで会ったのかとても不思議な気がして、先生に聞くとこの美大の出身だと言った。
 
 先生が来た事で帰るタイミングを失った太一は、もう一度先生と会場を回る事になった。太一は気が進まなかったが、先生のひとなつっこい目で見られると、ついて行くしか無かった。
 
「なぁ太一、おまえまだまだあの代理店に居るんだよな」
「はい。おかげで美術から離れてしまいましたけど」
「そう腐るなよ。ところで、今日の案内状見たか?」
 先生は、そう言いながら、あの案内状を太一に差し出した。その案内状は太一の気持ちをすごく不安定にさせるから、あまり見たく無かった。
「この案内状って、ちょっと変だと思わなかったか?」
「実は、見ててちょっと気持ち悪いと思いました」
「そうだろ、絵はいいけど、デザインとしては最悪なんだよね」
 太一は落としていた視線をあげて、先生の方を見た。先生が苦笑いしてる。
「お前は、プロだから気がついたと思うけど、この案内状って“字”が読めなくて内容が伝わりにくいんだよね。だからデザインとしては最悪なんだよね。太一はさすがにプロだ。良く気がついたな」
 太一が感じていた不安定さは、劣等感からでは無かった。むしろ今まで仕事をして来た事で身に付いた“プロの感覚”だと先生が肯定してくれた。
「芸術は魅せるところまででいいけど、グラフィックデザインの最終目標は字を読ませる事だからね。学生にはまだまだ理解できないと思うけど」

 パーティーが終わり、会場を後にした太一は少しだけ胸を張った。
 2年間は無駄では無かった。自分には自分の感覚が身に付いている事を再認識できた。そして、最後に先生に言われた事をもう一度思い返した。

「でもね、こいつらはそんな事くらいスグに気がついちゃうよ。だから、こいつらに負けたくなかったら、毎日絵を書け。常にコンテストに応募しろ。そうしないとずっと中途半端なままだよ」

 帰り道、太一はスケッチブッックと鉛筆を買う為に4年ぶりに画材屋へ向かった。