よたかが書いた作品を掲載中
夜明け前のよたか

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英雄

よたか2013.07.11 20:00:00

 周辺諸国統一および蛮族討伐の出陣まであと1時間。

 陣頭で指揮を取るため、王である私は、朝焼けで真っ赤に染まる部屋でひとり、昂る気持ちを抑えて、集中を高めていた。

 厚いクッションが入った腰掛けに座り目を閉じていると、幾重にも隔てた扉の向こう、廊下の先から雄叫びが聞こえて来た。

 出陣の前に、部下たちが士気を高めようと大きな声を上げるのはいつもの事なので、あまり気にせず集中する事ができた。むしろとても静かな部屋だと感じていた。

 陽が少し高くなり部屋の中が、眩しい朝陽に照らされはじめた時分、私の部屋に『時の神』が現れた。
 私はうやうやしく『時の神』を招き、信託に耳をかたむける。

『時の神』の予言はこうだった。

 出陣した私の軍は周辺諸国と闘って勝ち、諸国を従わせて進軍を続けていく。
 私の国の兵士達は、みな私の名を挙げて、周辺諸国を従わせる。
 兵達は周辺諸国の民の名誉を貶め、財産を奪い、有力な者たちの一族を殺して行く。家長は言うに及ばず、跡継ぎとなる男子や、女達、幼い子どもたちまでも殺して進んで行く。

 そして部下達は、私の名を使って住民たちを恐怖で動けなくしていたので、この地域は40年間大きな争いがおきる事は無かった。

 しかし、私の死後それまで押さえつけられていた諸国の民は立ち上がり、私の名を使った部下達に対して闘いを挑み続けた結果、私の国は負け続け、私の部下達は断頭台に送られた。
 私の一族・家族も磔で処刑され、その中にはまだ見ぬ幼い孫娘も居た。

 私の国は周辺諸国からの猛攻に耐えきれず地図からも名前を消し、私の名は最も残虐な王として歴史に刻まれた。

『時の神』の予言は以上だった。


「どういう事です。一体何が言いたいのですか?」私の問いに『時の神』はなにも答えてはくれなかったが、代わりに『未来の私』が答えてくれた。

「どうもこうもないよ。このまま出陣すれば勝戦(かちいくさ)で万々歳だ。目出たいじゃないか」
「しかし40年後、私たちだけでなく国も滅ぼされてしまいます。それでは何のための闘いなのか解らないじゃないですか?」
「では『昔の俺』よ、お前は何のために闘っているんだ」

 未来の自分からそう言われるまで、私は考えた事がなかった。
「今攻撃すれば、領土を広げる事が可能です」という将軍の言葉や、
「豊かな資源を確保すれば我が国は安泰です」という大臣の話ししか聞いて来なかった。
 結果的に我が国は豊かになったし、国民の暮らしも裕福になったと思う。

 しかし、周りの人々はどうなったのだろう?
 本当にコレで良いのだろうか?

 ソコへ『過去の私』が現れて私に夢を聞かせてくれた。
「無人島や、人も住めない様な土地の為に、争う時代を終わらせたい」

『過去の私』がそう言った瞬間『時の神』も『未来の私』も私の前から姿を消した。


 出陣までにはまだ1時間、時間は少しも経っていなかった。時間は経っていなかったが、いまさら変更はできない。

 一体どうする?

 40年の繁栄で終わっても、このまま出陣するか?
 それとも、出陣を取りやめるべきか?

 出陣を取りやめると将軍達からは不満の声が上がって、変わりの王を立てようとするかもしれない。大臣達だって黙ってはいないだろう。

 だが、40年後この国が無くなってしまうのでは何もならない。

 私はこの国を預かっているだけだ。良い形で次の世代に引き渡す義務がある。蔑まれ、焼け野原となったあげく、国を亡くすわけにはいかない。

 考えがまとまらない。しかし時間は過ぎて行く。

 もし、私が今回の出撃で周辺諸国と対等の講和を結べばどうだろう?
『殺さない、辱めない、搾取せず、自治も奪わない』

 それが出来れば、40年後、私が死んでも周辺諸国から攻込まれる事はないのではないだろうか?


 出陣の30分前、兵達の士気を高めるための演説をする事になっていた。もし出陣を辞めるならその演説が最後のチャンスだ。
 演説の時間。私は兵達の前に立ち、心を決めて発表した。

「今回の出陣は中止する。今後は外交で紛争を解決してゆく事にする」

 突然の発表に将軍や大臣達は、一様に驚いていて、将軍のひとりは私に飛びかかろうとして取り押さえられた。
 周りでは「王が乱心なされた」「もう終わりだ」「代わりの王を」と囁く声が聞こえて来たが、その場で私に逆らう者は他にはもう居なかった。

 しかし、コレからは城内でも私の命を狙う者が出てくるかもしれない。しかし争いで物事が決まる世界は、どこかで終らせなければならない。私はそのための『礎』になる覚悟は出来ている。

 未来に繋がるなら『一粒の麦』でもかまわない。

 私が覚悟を決めて、その場を退場しようとした時、兵の何人かが私の名を叫んだ。驚いて振り返ると、沢山の笑顔がそこにあった。

 少数の兵の叫びは徐々に大きくなっていく。
 多くの兵たちは争いなんて望んでいなかった。

 シュプレヒコールが響く中、そんな事すら解ってなかった自分を恥じていた。

<了>