よたか2013.02.01 20:00:00
「ウチの天使の話しをしようか」初老の男性はバーガーショップの固定されたテーブルを挟んで、少女に声を掛けた。
見知らぬ男から声を掛けられた少女は、あからさまに困った顔をしたが、男が動じないので、断る事ができずに曖昧な笑顔を浮かべていた。誰かと一緒なら会話をしながら誤摩化す事もできるのだけど、少女はひとりだった。
夕暮れのファーストフードで女の子が1人。本人にとってはいつもの事なんだけど、周りからみると違和感を感じるのかも知れない。少女はそんな事を考えながら、諦めて男性の相手をする事にした。
あきらめた少女の笑顔を見て、男はどう受け取ったのか、嬉しそうに話しをはじめた。
「ウチには可愛い天使が居るんだ。なに、天使と言っても孫娘なんだがね」
「あの? 孫自慢ですか? その話長くなります?」
「まぁいいから聞きなさい」
少女の抵抗は却下されてしまった。少女はそのまま無視しても良かったのだけど、その男性の口調がとても気になった
「うちの孫娘は絵が上手でね、いつも絵を描いていた。嬉しくなった私はクレヨンや色鉛筆、絵の具なんかの画材やスケッチブックを買って帰ったんだ」
「へぇ〜。私も絵が好きだったよ」
「そんな気がしたよ」
「なんで?」
「なんでもだ。ある日、孫娘が『おじいちゃん描いてあげる』と言って私を描いてくれたんだ」
「そう。気に入った?」
「う〜ん。その時は気に入らなかった」
「その時?」
「そう。その時。でも今から考えるととてもいい絵だったと思ってるよ」
「なんで気に入らなかったの?」
少女からそう質問されるのが解っていたかのように、男性はカバンから一枚の画用紙を取り出して、少女に差し出した。画用紙には、魔物か、怪獣か、化物が描かれていた。少なくとも人ではないその絵を見た少女は、気持ち悪さより、微笑ましさや、懐かしさを感じてしまった。
幼稚で稚拙なタッチのせいかもしれない。だけどそれ以上に、この絵は“恐い物”を描いてあるとは思えなかった。
「それが私なんだそうだ」
「やっぱり。そうなんだ」少女はなんとなく可笑しくなって小さく笑いはじめた。
「おいおい。そんなにおかしいか?」男性も、あわせるように優しく笑った。
「おかしいよ。だってこの絵さぁ、その女の子が世界で一番強くてカッコイイ物を描いたんだと思うよ。その女の子はこんな怪獣がカッコイイと思っていたんだね」
「そう。それが解ったのが最近なんだよ」
「へぇ〜。最初は解んなかったの?」
「孫娘から見ると、爺さんは“化物”と同じに見えると思ってショックだった。しばらくちゃんと話しをしなかった」
「きっと、女の子ショックだったと思うよ。“世界で一番好きな”おじいちゃんに嫌われたと思ったんじゃないかな」
「反省してるよ。今さらだけど、魔王でもなんでもいいと思ってるよ」
「いまさら。ちょっと、ひねくれてるかも」
「そうかもしれん」
男性はそれだけ言うと、しばらく黙っていた。
少女も言葉が見つからず、黙ったままだった。
「それで、孫娘に謝りたいんだ。あの時、気がつかなくてすまなかったと謝りたいんだ」やっと男性が口を開いた。
「あやまればいいじゃん」
「でもな、孫娘はもうウチに居ないんだよ」
「どうして? 出て行ったの?」
「亡くなったんだ」
「そ、そうなんだ。ごめんね」
「いや、別に構わんよ。それで孫の遺品を整理してたら、この絵が出て来たんだ」
「それで持ち歩いてるの?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど、頼まれてね」
まだ男性が黙り込んだ。少女は気になって男性の顔をもう一度正面から見た。少女は何かを思い出したように一回、つばを呑み込んだ。
「おじいちゃん……?」
「やっと、思い出してくれたか」
「そうか、わたし、もう、生きてなかったんだ」
「まぁ、そういう事なんだけど、いつまでもこんな所に彷徨っているのも不憫だと思って来たんだ」
「わたし、いつ死んじゃったの?」
「もう、2ヶ月になるかな」
「そうなんだ。おじいちゃん。それをわざわざ教えに来てくれたの?」
「いや、お前に謝りに来たんだよ。あの時気がつかなくてごめんよ」
「いいよ。気にしないで。おじいちゃん」
「最後に謝れる事ができてよかった」
「おじいちゃん。ありがとう」
少女はそう言い残す。
テーブルには、冷めたコーヒーと、男性だけが残っていた。