よたか2015.04.26 20:00:00
放課後、美弥は昇降口から校門へ向かった。美弥にとっていつもの事。ただ、いつもより校門の外が騒がしい。何台も車が停まってて、見た目にスマートな大人たちが何人もいた。美弥が『何だろう?』と思う間もなく大人たちは美弥を見つけて呼ぶ。校門の外へ手招きをした。
美弥は恐くて立ちすくんだけど、後からやって来た同級生が「みやちゃん。テレビに出るの?」「すごーい」とか言いながら美弥の手を引いて学校の外へ出た。
美弥はお父さんが死んだ事を知った。
その日の夜いろんな人がやって来た。何か謝っているような警察の人。お父さんが居なくなった感想を聞くテレビの人。いろんな事を聞かれても解るわけがない。答えられるわけない。
美弥はそんな事より居なくなったお父さんの事をちゃんと悲しみたかった。
お父さんは優しかった。遅く帰って来て1人でご飯を食べている事が多かったけど、そんな時も色んな話しをした。どんな話しでも頷いてくれるお父さんが好きだった。
何日かして、お母さんが仕事に行くと言うので、美弥と兄の勇祐も学校へ行く事にした。「おはよう」美弥がそう言っても、同級生たちは小声で挨拶を返してすぐに居なくなる。話しかけても誰も返事をしてくれない。少し寂しいと思ったけど、お父さんが居なくなったよりも大した事ないと思う事にした。
「お前の父ちゃん。強盗したんだろ」
1時間目が終って、あまり話しをしない男子が声を掛けてきた。そんなことしないよ。と美弥は言い返したがもっと酷い言葉が返ってきた。
「強盗したから、おまわりさんに撃たれて死んだんだろ」
「そんなことないもん。おとうさんは悪い事しないもん」
「ウソつけ。テレビで言ってたぞ。お前の父ちゃんが強盗したって」
「そんなのウソだ……」美弥の言葉は涙で途切れた。
「へん。泥棒の子はウソつきだ」涙を見た男子の捨てゼリフ。
美弥は、泣きたくても我慢して学校へ行った。でも机に『泥棒の娘』と書かれてたり、机に蛙の死骸が入っていた。
教室に美弥の机がなかった。この教室に美弥の居場所がなくなった。
美弥はそのまま誰にもなにも言わずに家に帰った。6畳の部屋が2つとキッチンだけの狭いアパートがとても広い。お母さんも勇祐も居ないのがとても不安だった。壊れたテレビの横にある、お父さんの写真を見るとまた泣けてきた。
美弥は居場所を探しているうちに、押し入れの中に引籠ってしまった。
最初、勇祐は美弥に声を掛け続けたけど、最近は掛けてくれない。お母さんは最初から何も言わなかった。あんなにウルサかったお母さんが引籠る美弥に何も言わなかった。
それでも美弥は、2人が気になっていた。押し入れから出るときは誰もいない時か、寝ている時だけだった。気まずくて顔を合わせたくなかった。
美弥の家にはネットが無いので、ずっとラジオを聞いていた。よくわからない話しばかりだったから、いつも音楽が流れる局を聞いていた。
昼過ぎの番組で『三匹の子ブタ』の歌が流れてきた。美弥も保育園で歌った事があった。
『オオカミが来て〜。ふぅとひと吹き、ペッチャンこ』
「誰でもいいから“ふぅとひと吹き”してくれればいいのに。ここはレンガのお家じゃないよ」美弥は何となくつぶやいて、そのまま眠った。
「おはよう美弥」勇祐の声で目が醒めた。
美弥は驚いて襖を閉めたけど、押し入れからはみ出した自分の脇腹にあたった。痛かった。
美弥は驚いたのと痛いのが一緒になって「お、おにいちゃん。おはよう、ございます」とたどたどしい返事を返した。ビックリして変な声になってたかもしれない。ちょっと恥ずかしい。勇祐が出て来いと言ったけど、一言、二言、言葉を交わしただけで、押し入れに戻ってしまった。
美弥はもっと話しをしたかった。一緒にご飯食べたら楽しいかもしれないとも思った。だけど勇気が出ない。こんな時どうすればいいのか忘れてしまった。少し落ち込んだ。『せっかく“ひと吹き”してくれた』のに返事ができなかった自分が嫌いになった。そして寝た。
「ただいま〜」いつもよりも明るい勇祐の声。そのまま襖の前まで来た。美弥は開けてくれるんだと思った。だけど「冷蔵庫のパン食べてもいいよ」そう言って勇祐は離れて行った。美弥は返事したかったけど、咄嗟に声が出なくて襖を2回だけ叩いた。
夜、勇祐が寝てから冷蔵庫を開けると、たっぷりのカスタードクリームと甘いチョコレートの菓子パンが入っていた。こんなに甘いものを食べるのは久しぶりで少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
そして、近くにあった広告の裏に手紙を書いた。
『おにいちゃんも半分たべてね。また買って来て。お願い。 美弥』