よたか2013.11.27 21:08:21
こちらでも『サッカー少年マニュアル』を読んでいただけます。以前から親目線で、少年サッカーについて書きたいと思っておりました。
この「サッカー少年マニュアル」は、とあるサッカーチームの出来事を短編集のように書き綴って行きたいと思います。
おおまかなプロットは出来てるのですが、捨てきれないエピソードが多くてなかなかまとまりません。
まぁ、アマチュアの作品のなので、形に拘らず気まぐれに書いて行きたいと思います。
ある時は掌編で、ある時は脚本で、あるときはシリーズで書いて行くかもしれません。
どうぞよろしくお願いいたします。
今回は【第一章】先制ゴール。よろしくお願いします。
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初スタメンのシンジが相手ゴールに向かって思いっきりボールを蹴った。シュートのつもりだったかも知れないが、勢いの無いボールは簡単に相手に渡ってしまった。
「シンジ。ナイスシュート。続けて狙え!」照付けられた熱いプラスティックのベンチから中田コーチが叫ぶ。
相手チームのFCテンペストはスグには攻めて来ない。あまり整備されていない土のグラウンドでも、中盤でボールを回してプロのように綺麗に組み立てる。とても同じ小学生とは思えない。
6年生だけでも30名の選手が居るテンペストは県大会の常連クラブで力の差は歴然としていた。
対して中田コーチのグリュックFCは今年の春に出来たばかりで4〜6年生まで合わせても20人も居ない。ほとんどは初心者で、経験者は他所のチームで試合に出られなかった子どもたちばかり。6年生でサッカーを始めた女の子も居る。
だけど中田はコーチを引き受ける時に「全国を目指していいですか?」と言った。
チームの後援会の大人たちは冗談だと思って本気にはしなかったけど、中田コーチはかなり真剣だった。
「足を止めるな! 無駄でも追いかけろ!」中田コーチが声を出すと、ベンチのすぐ後ろの応援席に居る親たちは一斉に「走れ!」「追え!」と大声で叫ぶ。励まされた子どもたちの動きが良くなった。
決してスマートなサッカーでは無いが、乾いたグラウンドで土ぼこりを上げて走る姿に向かって大人たちは声を張上げる。
テンペストはプレッシャーをカワしてなんとかパスを繋ぐ。テンペストベンチからは「落ち着いてボールを回せ。サイドはフリーになれ。前線で負けるな」とコーチひとりが怒号を響かせている。
当然、親たちも見に来て居るが誰も声を出さない。
テンペストのコーチは試合の邪魔になるから『声を出さない』ように親たちに言っていた。だけどグリュックの親たちは声を枯らしながら子どもたちの応援を続ける。
テンペストの右サイドの選手が自ベンチの前で焦ってミスして、ボールをサイドラインから出してしまった。
「バカヤロー!」テンペストのコーチは控えの選手に指示を出してアップさせた後、次のタイミングでミスをした選手を変えた。テンペストの選手たちに緊張が広がる。
スローインからグリュックの攻撃がはじまる。
ちゃんとボールを扱える選手はグリュックにはほとんど居なかった。キックは何処へ行くかわからないし、ドリブルだってスグに取られてしまう。
最初にそれを見た中田は「おもしろい」と呟いたらしい。
その中田コーチが子どもたちに言ってる事は3つだけだった。
・ボールを持ったらまず「シュート」。
・シュートが無理なら「ドリブル」して前へ。
・ドリブルも出来なかったら「蹴って」前へ。
それ以外は何も言わなかった。
夏の大会まで3ヶ月。こんな事でいいのか大人たちは不安だったが、中田コーチはそれ以上は言わなかった。
たとえば子どもたちが練習をさぼっていても「辛ければ休んでもいい」と言うだけだった。
そんな具合なので最初の練習試合はボロ負け。30点を超してから誰も点を数えていないくらいひどい試合だった。
それでもコーチは、一人一人のいいプレーだけを抜き出して一本の動画にして選手全員に見せて言った。
「今度は“ゴール”するところが撮りたいね」
それから子どもたちはコーチに言われた3つの事を守りながら、足りない部分を自分たちで考えはじめた。
後半走れなくなる事があればランニングの時間を長くしたり、キック力をつける為に遠くからボールを蹴る練習を始めると、中田コーチは子どもたちが始めた練習にアドバイスをするようになった。
初めてのゴールは10試合目の練習試合。相手は4年生だけのチームだった。試合は6点差で負けてしまったのだけど、グリュックの選手たちと保護者たちは勝ったように喜んでいたので、相手チームはきっと不思議に思ったに違いない。
それから数えて12試合目の今日の練習試合。後半の途中でまだ 0 – 0 のままだった。
『初めて勝てるかもしれない』
グリュックの選手たちはそう思ってプレイをし、保護者たちはそう思って試合を見ていた。それだけに応援にもますます力が入る。
中田コーチも“初勝利”を意識していたが、彼はこんな試合の恐さをよく知っていた。
『落ち着いて集中させないと』
キック力のあるユウサクがサイドラインギリギリのボールをテンペストのゴール前に放り込む。キーパーは出られないギリギリの位置。
ユウサクが狙っていたとは思えないので多分ソコに落ちたのはマグレに違いない。
テンペストのキーパーが一瞬迷った時、さっきシュートを決められなかったシンジが思いっきり飛び込む。
副審の旗が上がりかけるがスグに降ろした。オフサイドでは無かったようだった。
テンペストのセンターバックもボールに飛び込む。
ほぼ同時にボールに追いつくが、テンペストのディフェンスが少しだけ速かったようで思いっきり蹴ってボールをクリアした。
クリアしたはずだった。
しかし、思いっきり蹴られたボールは、飛び込んだシンジの顔面に直撃して、シンジが大きく後ろに倒れる。静まりかえるグリュックベンチ。中田コーチもベンチから立ち上がり土ぼこりで煙むった先をじっと見据えた。
シンジは倒れたままだった。
中田コーチがピッチに飛び込もうとしたその時、主審の長い笛がなった。
「入った!」「1点取ったぞ!」「いいぞシンジ」応援席から保護者たちが叫び出した。
シンジの顔面を直撃したボールは跳ね返ってそのままゴールに入ったらしい。
中田コーチのすぐ後ろで保護者たちが大きな歓声を上げている。中田コーチも一緒に喜びたかったがシンジの事が心配だった。
少し強い風が土煙を押し流した時、シンジが走ってベンチに来るのが見えた。
「コーチやった! 点取った!」
チームメイト達もシンジの周りを取り囲んで大喜びしている。
しかし、その光景をみた中田コーチに不安がよぎった。
『まだ終っちゃいない』
中田コーチは少し浮き足立っている選手たちの気持ちを引き締めたかった。だけどこの雰囲気も壊したくなかった。中田はグリュックのコーチをして初めて迷った。
気がつくと、シンジが主審に何かを言われている。なにかファールがあったのか?
審判はシンジにピッチの外に出るように指示をした。どうやら鼻血を出しているので治療しなければいけないようだった。
中田コーチは思い切ってシンジを下げて6年生女子のヨウコを出した。ヨウコは上手くないけど、体も大きくてアタリ負けしない。なにより足が速い。
ベンチに戻ったシンジは少し不満そうな顔をして居たけど、応援席の大人たちから誉められると少しニヤついた。
「シンジ。まだ試合は終ってない。今からの試合をよく見とけよ」中田コーチがいつになくキビシイ口調でシンジに言うと、シンジは口元を引き締めてピッチを目を戻した。
グリュックゴールに近い場所で土煙が立ち上る。テンペストの選手たちは少し遠目からでもシュートを打ってくる。
ピッチに居る選手たちの足が止まる中、ヨウコは最後までボールを持っている選手を追いかけ回していた。
ヨウコが追いかけ回すのでパスが乱れて、なかなかシュートが打てないテンペスト。しかし足が止まってしまったのでグリュックのボールにする事ができないまま攻められ続けている。
ラスト5分。テンペストの選手が苦し紛れに遠目から打ったシュートがグリュックのディフェンスに当たってコースが変わり1点取られてしまった。
やっと追いついたテンペストだが笑顔の余裕はない。ただコーチの叫び声に従って動いているだけだった。
グリュックはやっと掴みかけた初勝利を逃してしまい、走れる選手はほとんど居なかった。3分のうちに、2点目、3点目が入ってしまい、結局グリュックは 3 – 1 で負けてしまった。
20試合以上負け続けて、初めて掴みかけた勝利が最後の5分間で引っくり返されてしまった。
ベンチをしまい、サッカーボールをバッグに入れ、帰り支度をしている子どもたちはいつも以上に静かだった。
スパイクを脱いだまま動けない子どももいた。
グラウンドの閉鎖時間を過ぎていて、残っている車は数えるくらいしかなかったので、空いてる駐車スペースを使って反省ミーティングをはじめる。
汗をかいた子どもたちが狭い場所に集まるので少し臭いがキツくなる。だけど大人ほどの異臭はなかった。
子どもたちの周りを大人たちが一回り取り囲む。グリュックでは発言は出来ないが保護者もミーティングを聴いていい事になっている。
体操座りをしてうつむく子どもたちの顔を一通り眺めて、まずコーチがこう言った。
「シンジ。先制点おめでとう。ウチのチームがリードしたのは初めてだな」
しかし、子どもたちの反応は薄い。ほとんどの子どもたちは下をむいたまま顔を上げる事ができない。いつもなら試合で負けてもココまで落ち込む事はなかった。
「なぁみんな。悔しいのか?」中田コーチが子どもたちの目線までしゃがみながらそう言ったがだれの返事もなかった。
「今日最後にヨウコを出したか理由が解るか? シンジ」中田コーチがシンジを指名した。
「えっと、守備を固めるからですか?」シンジはサッカー解説者のように答えた。
「んーそれだけじゃないんだな。じゃ、サトシどうしてだと思う?」コーチはゴールキーパーでキャプテンのサトシに聞いた。
「誰も走れてなかったから、一番走れるヨウコちゃんを入れたんですか?」
中田コーチは頷きながら「そうだね」と、ひとことだけ言った。
「1点差で勝ってる時はね、思いっきり走らないといけないんだよ。勝つ為にはあそこで足を止めちゃダメなんだよ。だから一番走れるヨウコを入れた。さすがサトシよくわかったね」
サトシは、少しだけ笑ってまた目を伏せた。
「君たちは今日、初めて“負けた”んだよ」コーチがそう言うと子どもたちだけでなく、保護者全員がコーチに注目した。
コーチはやっと顔を上げた子どもたちを一人々々見直して、子どもたちの視線を意識しながら噛み締めるようにはっきり言った。
「いままでの負けはあまり悔しくなかったと思う。だけど今日の負けはとても悔しかったよね。その悔しさが本当の“負け”なんだよ。だからちゃんと憶えておいて欲しい。でないといつまでも勝てないからね」
そのあとは、技術的な話しを少ししだけして解散した。ほとんどの子どもたちは両親と一緒に車に乗って帰って行く。
都合で親が来てない子ども2人を車に乗せて中田コーチはグラウンドを後にした。
地区予選まであと2週間。
もうすぐ夏がはじまる。
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