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ショートストーリー名古屋に応募した作品『松の木の伝言』です

よたか2012.01.15 00:44:36

第5回ショートストーリー名古屋」の結果が発表されてました。

あまり騒いでないので、想像通り選外です。
もう1年くらい前に書いた作品ですけど、あらためて、読み返すと、やっぱり甘い箇所が数カ所あるし、力不足ですね……。
途中で出て来る少女のイメージは「あの花」の「メンマ」のまんまだし、もう少し自分でキャラ作れよって事でしょう。

13ページ程度の短編なので、よろしければ、ご覧ください。
感想とか入れてもらえると尻尾振って喜んでしまいます。

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「娘さんがみえましたよね、今、おいくつでした?」私よりもずっと若い医師が、少しぞんざいに質問する。
「8歳で、小学校3年生になります。」少し、腹立たしく思いながらも、丁寧に答える。
 人と言い争ったりするのが苦手なのでいつの間にか、身に付いてしまった悲しい性格。気にしてない訳じゃない。それなりにストレスはたまる。
「だと、あと十年は掛かりますよねぇ。」
「何がですか?」
「娘さんが結婚するまで。娘さんのウエディングドレス姿みたいですよねぇ。」
「えっ?」
「いやね、検査の結果がねあまりにも悪いですしねぇ、尿酸値もコレステロールもかなり危ないし、あまり言いたくないけど、症状が出てないのが不思議なくらいなんですよ……。」
「へぇ、そんなにひどいのですか?」ある程度は覚悟していたので適当に答える。
「運動してないでしょ。まず動かないとね、あと、食事もね……。」若い医師が得意げに、生活習慣病について延々と語る。いつもの事なので、聞いているフリして聞き流す。いつもと同じ。会社でも、家でも、どこでも同じ。まともに聞いていると、ストレスで動脈硬化おこして倒れてしまいそうだ。
 そんな私に十分ほど、語るだけ語って、言い疲れたのか、若い医者は「気をつけてくださいね。」と軽く言って、開放してくれた。会社の健康診断の時は、いつもこんな感じなんだよね。でも、まだ生きてるし、そんなに気にするほどでもないや。とは、言うものの、娘の話が出た時は、ちょっと意表をつかれた。
 すでに、一緒にお風呂に入る事はかなわないが、それでも、父の日と誕生日にはプレゼントくれるし、サンタクロースが、普段は会社勤めしているなんて、夢にも思っていないかわいい娘。
 その娘の結婚式「一緒にバージンロードを歩けない。」と言われると、ちょっとは気になる。
 あの医師、若いのに、なかなかやり手かもしれない。先ほどまで、憎悪の対象であった、若い医師を、心ならずも評価してしまった。なんて私は心が広いんだろう。
 さて、名古屋でも有数の大きさを誇る、総合病院を出る。
 いつもだったら「市役所駅」で地下鉄に乗り、会社にもどるのだけど、さっきの「やり手の医師」の言う事が気になってしまったので、少し歩きたくなった。
 急に歩いても仕方ないと思うけど、まぁ気は心ってことで……。片側4車線の大きな道路を青信号で渡り、名城公園へ向かう。会社の花見や、休日のレクレーションで何回か来た事があるけど、平日の昼間に来るのは初めて。そう言えば、ここらのお堀で「蛍」が見られるんだっけ? 娘がそう言ってたような気がする。
 左に名古屋城を見ながら、長い坂を下る。「名古屋城夏まつり」の時期なら、ビアガーデンが恋しい場所だけど、観光客でもないし入場料払う気もないので、今日はスルー。
 5分ほど歩いてやっと名城公園の入り口に到着。アスリートならば、どれだけでも走れそうな、気持ちのよい初夏の風。
 歩いて来た坂道を見上げる。さすがに帰りはこの坂を登れない。「市役所駅」じゃなくこのまま坂を下って「名城公園駅」から地下鉄に乗る事にしよう。
 ちょうど駅と駅の間くらいかぁ。運動不足の北京ダックオヤジは、この時点で休みたくなった。帰りの気力を養う為、近くのベンチに座って、休む事にする。
 目の前にはジュースの自販機。コーラを押しそうになる弱い心を、ぐっと抑えて、ペットボトルに入った緑茶を選んだ。
 額に、首筋に、うっすらとうかぶ汗。
 どこに忘れてきたのだろう?
 学生時代の体力は、すでに持ち合わせがなかった。
 すこし、放心状態。
 まわりの音がよく聞こえる。奇声に近い、子どものハシャギ声、お母さんの立ち話、公園の中まで入ると、クラクションや、エンジン音はフィルタが掛かったように少し柔らかい。
 すぐ後ろのベンチからは、女子高生かな? 明るく弾んだ話し声が、耳に届く。
「あの娘、この前みたんだって。」
「本当 ? ? ?」
「本当だってば。願いを叶えてくれるんだよ。」
「えーっと名城公園で、一番古い松の木だっけ?」
「そうそう、一番古い松の木に、おでこをつけてお願いすると、松の木がお願いかなえてくれるんだよ。」
 そんな内容だったと思う。女子高生らしくかわいくて、都市伝説とも言えない他愛のないうわさ話。
 彼女たちの姿を見てみたくて、振りかえる。何処かに言ったのか、すでに、そこには、誰もいなかった。いろんな話し声が聞こえていたのにも関わらず、妙にその話が耳に残る。
 娘の姿がダブったかな?
 まぁ、そんな簡単に「一番古い松」なんて見つかる訳もないし、飲み終えた緑茶のペットボトルを、自販機横の、ペットボトル入れに放り込み、歩き出す。
 せっかくなので、サイクリングロード沿いの遊歩道へ、ムキを変えて歩き出そうとするとなにかの看板が目に入った。
 縦三十センチ、横四十センチ。小振りな白い看板。
「この松…」あれ? なになに そんな……。
 看板に向き合って、しっかり内容を読むと、こう書いてあった。

「この松は、名城公園で一番古い松の木です。」

 あったよ、一番古い松の木。 なんだ、このご都合展開。
 せっかくなので、松の木の近くに近寄る。『おでこ』をつけてお願いするんだっけ?
 でもね、ちょっと恥ずかしい。「はーい、ドッキリカメラでーす。」なんて誰か飛び出して来たらいたたまれない。
 すこし、躊躇したつもりだったけど、次の瞬間、ほとんど引き寄せられるようにその松の木に『おでこ』を松の木に押しつけている自分がいた。
 「娘の結婚式まで生きていたい。いや、娘が子どもを生むまで生きていたい。娘の子どもに会いたい。」口に出したつもりはなかったのだけど、言葉にしてしまったようだった。
「ねぇ、なにしてんの?」その呼びかけに「はっ」と、我に返る。
 振り返ると、華奢な感じの可愛い女の子がいた。メラニン色素が少なめで、少し茶色の髪は、細くてまっすぐ。前髪を右に軽く流し、肩のあたりで揃えてある。
 中学生くらいだろうか? 平日にも関わらず、制服ではなく、白いワンピース。胸には青いリボン。クリッとした大きな目がじっとコッチを見ている。
 いいオヤジが、こんな事やってるのを見られて、かなり気まずい。
「いや、その、願いがかなうとかっていうか、いや、その、娘がね、結婚するまで…」
 一体なに言ってるんだろう?
「なんでもいいんだけどさ、なんでお願いなんかしてるの?」
 なんかすごく生意気な喋り方なんだけど、なぜか悪意を感じない。それどころか親愛の情さえ感じてしまう。
「いや、実は……。」
 思春期真っ盛りの少女に、洗いざらい告白してしまった。かなり痛いオヤジなのに、最後までしっかり聞いてくれた。なんていい娘なんだろう?
「それで、お願いしてたんだ。」人ごとのようにつぶやく。まぁ人ごとだけど。
「そう。」
「でも、そんなお願いなんてしても無駄だよ。そんなお願いだけで、長生きされたら、人が増えすぎちゃって、邪魔じゃん。」
 思春期の若さか、上から目線で、かなり酷い事を言う……。
「そんなん、本当に長生きしたかったら、自分で変わらないとダメじゃん。」
「それはそうなんだけど、なかなか……。」
 少女は誘導するように、前を歩き、前を向いたまま、声を掛ける。
「娘さんの結婚式に出たいかぁ〜。あと、十五年は生きてないと、無理だよね。」
 十五年経つと二十三歳。もっと早くに結婚も出来るんだろに、少女はなぜココまで言切るんだろう?
「それから、女の子が生まれるまで2年掛かるから、十七年。小学校の入学式まで見ようと思うと、あと二十三年は生きてないといけないんだね。」
 少女は適当な時間を設定して、淡々と話を続ける。しかし私は『規定事項』を読み上げる様なその口調を否定できなかった。
 それよりも、少女に出会ってからの感じが気になっていた。なんか、こう、空気が動いてないっていうか、暑くも寒くもない妙な違和感。
 木立のせいだろうか? いままで聞こえていた音が、消えてしまったような気がする。
 少女は何かのステップを踏むような軽い足取り。白いワンピースの裾がしなやかに揺れる。「この公園って木陰が気持ちいいよね。」
 左手にはお堀が見える。「蛍」が見られるのはこの辺なのかなぁ?
「日曜日には、人が沢山いて賑やかだけど、今日は……」そこまで言って気がついた。そういえばまわりに人影がない。いくら平日でも、もう少し人が居てもいいのに。この公園に、少女と2人きりのような気さえする。
 木立を抜けて、この公園で一番人気のある、『風車』のある芝生広場。前に娘と来たときはコスモスだか、チューリップだか咲いて、人が沢山いたのに今は誰もいない…。
 ちょっと怖くなってきた。しかし、少女はそんな事を一切気にせず、芝生の上を跳ねるように歩いている。この少女は一体何なんだろう? 気を紛らすために、気になっていた事を聞いてみる。
「今日学校は? お母さんとかなんにも言わない?」あぁ、うざい事言った。いやなオヤジだ。にも関わらず、少女は振り向き、後ろ歩きのまま「へへへ、サボっちゃいました。」悪びれずにそう言った少女の笑顔、どことなく見覚えがある。
「きっと、帰ったら怒られるけど、どうしても、やらなきゃ行けない事があったんだよ。」
 その年齢でやらなきゃ行けない事って……「なにをやったの?」
「ふふんっ。内緒!」そして話をそらすように、少女はまた前を向いて、言葉をつづける。
「お母さんとお父さんはね、大学で知り合ったんだよ。」
「すごいね、知り合ってそのまま結婚したんだ。」
「お互い、ひとめぼれだったんだって。それからね、おとうさんは、お母さんが卒業するまで待って、結婚したんだよ。そして、2年経って私が生まれました。」
 きっと大事にされて、幸せに育って来たのだろう。でも、なぜそんなに家族の事を話す?
「だから、お母さんが大学に行けた事に感謝だよ。だって、大学行かなかったら、私は居なかった事になるからね。」少女は、哲学的な事を口にする。
「でも、人生の選択肢はいくつもあって、それは可能性のひとつってことだよね。現に君はココに居る訳だし。」あぁ、ウザすぎだ。一体、女子中学生に何言ってるんだか。
「なに言ってんのさ?」今度は、直球で返された。
 少女は立ち止まり、振り返えって、私を見据えて言った。
「お医者さんは、『あと十年生きるのも難しい』って言ったんだよね。」
 歩み寄る少女の顔に、笑みはない。
「うん、そうだよ。」
「じゃ、なんとかしないと。あなたが諦める事で、無くなる可能性だってあるんだよ。」
 少女は、そう言ったあと、視線をおとす。
「うん。そうなんだけどさ……。」
「なんかやる気なさそうじゃん。」静かで、真っすぐな少女の言葉が、私の怠惰を貫く。
「うん、やる気がない訳じゃないけど、いままで大丈夫だったから、このままでもいいんじゃないかって思ったりしてる。」見ず知らずの女子中学生になに言い訳してんだか……。
「勝手なのね」顔をあげて、そう告げた少女の目に涙。
 いきなりそんな事言われても困る。ましてや泣かれても……。
「あなたには私がどんな風に見える?」真剣な女子中学生の言葉に、少し戸惑いながら、見た目通りに告げる。
「そうなの。」少女は、そう言うとつづけて
「あなたが忘れている事、思い出させてあげる。」
 言い終わらないうちに、まわりの景色が変わって行く。

 そこは三十年前、父の葬儀。涙ひとつ流さずに、気丈に振る舞う母。
 子どもだった私は、父親の死の意味を理解出来なかった。
 いつも遊んでくれる親戚のお兄さんも、優しいお姉さんも、お菓子をくれるおばさんもみんな泣いている。たくさんの人がうつむいて、泣いていた記憶だけ。
 父の死を実感するのは、むしろそれからだった。母は働きに出たけど家計は苦しかった。
 高校の進路調査で「就職」を選んだ時、ホッとしつつ、もうしわけなさそうな母の顔は今も忘れられない。
 その母も、もう居ない。娘が生まれた後、安心したように息を引きとった。

 ふと、我に返る。涙が頬をつたうのがわかった。
「父親がいない事が、どういう事なのか、思い出せたかしら?」
「……。」返す言葉も無かった…。
「あなたは、もっと長生きしたいと願った。そして、あなたにもっと、長生きして欲しいと願った人もいるわ。きっと、あなたが見ている『私の姿』の人がそう願ったはずよ。」
「うん」意味はわからなかったが、頷いた。
 本当に生きていきたいと、心から願った。
 見知らぬ少女の前で泣くのは、カッコ悪いと思ったけど、涙が止まらない。
 そんな私を、諭すように少女は言った。

「私はね、伝言係なの。あなたから伝言を預かったから、返事をもらって来ただけなの。」
「……。」
「あなた、『会いたい』って言ったでしょ。だからその返事を持って来たの。」
「……。」

『まってるよ、おじいちゃん』

 少女はそう言い残すと、振り向いて駆け出し、視界から消えてしまった。
「まって!」そう言ったと思ったけど、言葉にはならなかった。

 ストン。
 持っていた「緑茶」のペットボトルが地面に落ちる。
 その音で気がつくと、最初に居たベンチに座ったままだった。さっきまでの、空気が止まっていた違和感も感じない。
 少女と1時間くらい一緒に居たはずなのに、実際には数分も経っていなかった。
『一番古い松の木』のあった場所まで行くと、そこには看板どころか、松の木さえも無かった。『夢』だったのかもしれない。
 それでも、少女の言葉が鮮明に耳に残る。
『まってるよ、おじいちゃん』
 あの少女にもう一度会いたい。『夢』を信じるとすれば、もう一度会う事が出来るはず。
 立ち上がった私は、名城公園を出て坂を登り、『市役所駅』へ向かった。
 

 あれから十四年、娘は大学を卒業し、来春には、大学で知り合った先輩と結婚する。
 今は、3年後を楽しみにして、毎日を送っている。
 あとは、あの時の姿をもう一度……。