夜明け前のよたか 短編集

よたかが書いた作品を掲載中です。

しょうごの手よたか

 暗い2DKのマンションの一室で、銀色のノートパソコンの液晶モニターの青白い光がが久保田将吾(くぼた しょうご:42歳)の顔をぼんやり照らしている。
 5年前に、システム開発の会社を追われるように退職し、再就職せずなんとかフリーで食いつないでいた。
 プログラマは慢性的に不足していたので最初の頃はよかった。仕事を選べたし、それなりのギャラもあった。将吾は特に危機感もなく、漫然と目の前の仕事を続けていた。
 暇に時は、溢れ返る動画を巡回し、SNSや出会い系サイトに金を使うようになってしまった。
 しかし、就職できなかった若い連中が勢いに任せて金額を下げてくるので、年々ギャラが下がっていった。いままでやっていた仕事も減りはじめた。仕方なく安い案件を沢山受けはじめたので、仕事の時間ばかりが増えていった。寝る時間もプライベートも無くなり、一日中部屋の中でキーボードを叩いていた。
 外出する事もなく、たまにキッチンに行って加工食品を暖めて机に戻り、またキーボードを叩く。ふと思い出したように立ち上がりトイレに行く。うっすらとホコリが積もった室内で、通り道にだけ道が出来ていた。
 たまに玄関のチャイムが鳴るが、だいたいネット通販の配達員が、注文した加工食品を持って来るくらいだった。将吾が言葉を交わせる相手は彼らくらいだったので、挨拶くらいはしたかったが、どの配達員も目も合わさずに「ありがとうございました〜」と言ってすぐに立ち去る。
 他にも「あなたの幸せを祈ります」と言う人もやってきた。なんだか『あなたは不幸です』と言われている気がして将吾はイラついた。将吾は幸せだとは思っていなかったが「十分に幸せです」と説得力のない言葉を投げつけて、玄関のドアを閉じた。ゆっくりと狭くなる視界の中で、憐れむ表情だけが将吾の脳裏に焼き付いた。
「もうネットだけでいいや」
 いつからか将吾はなんとなく諦めていた。
 いつからか将吾の手は、ずっと他のモノに触れていなかった。
 いつからか触感の記憶がポロポロとこぼれ落ちて行くような毎日を過ごしていた。

 将吾は、クラウドソーシングで出会い系サイトの構築の仕事を見つけた。久々に見つけた7桁の案件。システムが大規模だったので、他のプログラマ達は手が出せないようだった。だけど将吾はギャラの高さに惹かれて応募した。
 会社にいた頃、大規模案件もやった事があるので自信はあった。使えそうな自作ライブラリも持っている。なによりも、一時期ハマった〝出会い系サイト〟のシステムなので興味もあった。
 実際に仕事が始まって相手から資料が送られて来た。仕様書はしっかりしていて、要求内容もしっかりしていた。予想以上に短い納期と、メンテなどの項目については別途見積を出した。少し値切られる覚悟をして5割ほど高めにしておいた。それでも相手は値切る事無く、すぐにクラウドソーシングの口座へ入金してくれた。
 ギャラは高いし、相手の要求もはっきりしている。仕事が終わればすぐに引き出せるので不払いの心配もない。仕事としては申し分ない。ないのだけど、仕様書を見てから将吾は何となく気が滅入っていた。
〝サクラ設定ボタン(仮称)〟と書かれた項目に、出会い系サイトの裏側が集約されていた。
 通常の出会い系サイトは、男性はメール送信、掲示板の書き込み、相手のプロフィール閲覧に至るまで課金されている。ひとりと出会うまで5,000円くらい掛かるのも珍しくない。上手く連絡が取れても「最初だけ20,000円お願い」とか言われる事もある。
〝サクラ設定ボタン(仮称)〟は、男性が払う金額の2割程度を女性側にキックバックする設定だった。
 噂には聞いていた。なんとなく理解したつもりでいた。だけど現実を突きつけられると一気に虚しくなった。
 体がボロボロになるのは日々の生活から仕方が無いと諦めていた。しかしこの仕事をやると、気持ちまでボロボロになると思った。
 発注元のメールには「キャバレーのボトルと同じシステム」と説明書きがあったので、きっとその筋の人達なんだろう。そう思うとここまで来て下手に断ると危険かもしれないと将吾は思った。
 仕様書を読み進めて行くと「男サクラの場合は、ニュアンスをチェックしたい」と書かれていた。やっぱりサクラの中には男もいるらしかった。
 将吾が心を削りながら構築したシステムは、将吾の手を離れるとコピーされて、転売され、その筋の方々の貯金箱となっていった。

 2ヶ月弱で半年分の売上げが振り込まれて、将吾は久しぶりに液晶モニターから目を離す事が出来た。せっかくだから休みたかった。でもやる事がない。出かけるのも億劫だし、ゲームもずっとやっていない。なんとなくネットで映画を見て2日ほど過ごしていた。
 そんな時に将吾は考えた。『メンテナンス用に持っているアカウントで入れば、どこのサイトでも自由に使えるんじゃないか?』
 明らかに規約違反だったが、あらかじめバックドアも仕掛けてあるし、ログを残さずに行動できるはずだ。そうして将吾はさっそく机の上にパソコンを3台並べて、それぞれ別の回線に接続して準備をして、納品した〝出会い系サイト〟にバックドアからアクセスをした。
 外部からアクセスすればすぐに気づかれる。だから長時間は作業ができない。手早く〝女サクラ〟のアカウントを発行して、自分のログを抹消した。
 作成したアカウントは課金対象にならないので、出会い系サイトの隅々を堪能できた。管理者権限もあるので会員たちの書き込みも覗けた。他人のやり取りを眺めているのはとても刺激的だった。
 女サクラ相手に約束を取り付けて浮かれる男、援助交際を持ちかける女たち、年齢確認が取れていない19歳の相手を誘い出そうとする中年紳士、浮気相手を探す熟女たち。その中で、将吾が一番興味を持ったのはツーショットのチャットルームだった。
 文字だけのやり取りなのに、やたら艶かしかった。女は男が指示した通りに行動して脱いで行って、その度に写メをアップして行った。
 どうして女たちがソコまでやるのか理解できなかったが、女たちは言われた通りに下着を脱いで、指やオモチャを使って最後までイッテいるようだった。
 言葉だけでかも知れない。だけどアップされた赤いショーツの写メにはそれと解るシミが残っている。ひっくり返された裏側には、白濁した液体が艶やかに光っていた。
 将吾もそんなやり取りに参加してみたかったが、必要以上の行動を取るとバレてしまう恐れがある。少し歯がゆかったが、将吾は眺めるしかなかった。
 液晶モニターに映った赤いショーツを手に取って見たかったけど、将吾が触れるはずもなかった。
 
 なんでも出来るはずなのに、干渉する事は許されない。そんな虚しさを抱えたまま将吾は〝出会い系サイト〟から離れて新しい仕事に手をつけた。

<了>