夜明け前のよたか 掌編・書出し

よたかが書いた作品を掲載中です。

妹と、菓子パンと、押し入れとよたか

 勇祐は学校帰りの、買い食いが日課だった。柔らかくて口の中で溶けて甘さが広がるような、たっぷりのカスタードクリームにチョコが掛かっている菓子パンが好きだった。

 パンを食べて歩いていると、足を踏み出すごとに背中が伸びて、歩幅が広くなって元気になってくような気がした。最後の一口を放り込む頃には、固い表情が優しく柔らかくなり、足も軽くなっていた。

「ただいまぁ」そう言ってドアを開けても返事はない。狭い2DKのアパートの一室。母の雅美はまだ仕事。小3の美弥は居たが押入れの中で寝てた。

 勇祐は高校の制服をハンガーにかけて、美弥の居る押入れまで行く。もう5月。締め切った押入れは熱いのか、美弥の体は押入れからはみ出してた。

 美弥が学校に行かなくなって半年になる。それから昼間はずっと押入れの中で寝ているので、久しく美弥の声を聞いていない。
 夜は襖の向こうからラジオの音が聞こえていたので、生きている事だけはかろうじて解った。でもこうして息してる寝顔を見ると安心する。

「これ以上家族を減らしたくない」

 去年、父は死んだ。警察の銃弾で、窃盗犯として、逃走中に殺された。
 勇祐の家は裕福とは言えない。むしろ貧しい。だからと言って、父が罪を犯すなんて信じられなかった。発砲までした警官は懲戒処分になったが、その事が『警官の発砲で逃走犯が死亡』と、新聞の見出しになり名前が実名報道された。
 父の無実を信じていた勇祐は、なんと言われても耐える事が出来た。虐めもあったし、殴り合いの喧嘩もした。しかしHRなどで相手をねじ伏せてきたので面倒な奴と思われ、勇祐は1人になった。
 しかし美弥は違った。揶揄われ虐められ学校に行かなくなった。そして押入れに籠ってしまった。
 雅美も、夜勤のある介護施設に職場を変えたので、家族3人なんとか暮らせたが、接点がますます少なくなった。

 勇祐が寝顔を見ながらおでこを撫でていると、美弥が目を開けた。
「おにいちゃん」久々に聞く妹の声。
 美弥は襖を締めようとして、自分の体に当って脇腹にダメージを負った。
 勇祐はそれを見て、笑いそうになったけど、涙を溜めた美弥の顔を見てると笑えない。
「おはよう。美弥」なるべく落ち着いた声で話しかけた。
「お、おにいちゃん。おはよう、ございます」たどたどしい返事。ずっと声を出していなかったので、少し緊張していた。
「何か食べる? 夜中に冷蔵庫から適当に食べてるだろ。一緒に食べようよ」
「で、でも今はいらない」
「そうか。俺も1人の時が多いから、一緒だと嬉しいんだけどな」
「それは、そのうち……」
「わかった。じゃ、また寝る?」
「うん。でも甘いものなら食べたいかな」
 そうか。冷蔵庫に女の子が喜びそうなスイーツなんて入っていない。外出しない美弥は自分で買いにも行けない。
「ごめんな今は無いや。すぐ夕食つくるけど一緒に食べないか?」
「いやいい。寝る」そう言って、美弥は押入れの奥に潜って襖を閉めた。

 その日の夕食も、勇祐は夕食を1人で摂った。
 勇祐が床についてしばらくして、雅美が帰って来た。雅美は押入れの中から聞こえるラジオの音を聞いて少し安心して床についた。
 狭い部屋の中で、小さなラジオの音だけが響いていた。

 翌朝、勇祐は起きたが、雅美は寝ていた。カレンダーに夜勤と書いてあるので、勇祐が帰って来る頃には多分居ない。
 誰とも目を合わせず、喋らず、学校は独りですごす。勇祐は押入れに引籠っている美弥と同じかもしれないと思った。それだけに昨日、美弥と話しが出来たのは勇祐も嬉しかった。もし毎日話せるなら、少しくらい学校で寂しい思いをしても耐えられる気がした。

 帰り道、勇祐はいつものパン屋に寄る。今日もいつもと同じ、たっぷりのカスタードクリームと甘いチョコレートの菓子パンを買った。
 袋から出して食べようとしたけど、今日は我慢した。食べたくて仕方なかったけど袋を開けずに握りしめて、通学路を小走りで走り抜けた。

「ただいま」今日も返事はない。
 勇祐は、パンを袋ごと冷蔵庫に入れて押入れに向かった。今日は襖が閉じられていた。期待しただけ少し残念だったけど、勇祐は襖を叩いてから「冷蔵庫のパン食べてもいいよ」と声を掛けた。
 中からは襖を叩く音が2回した。

 気になって夜中に、聞き耳を立てていると、押入れから這い出た美弥は、冷蔵庫のパンに気づいて食べているようだった。勇祐は少し嬉しくなってそのまま眠った。

 翌朝、勇祐がキッチンのテーブルをみると美弥の手紙が置いてあった。文字の大きさが揃っていて、小学生にしては奇麗な字だった。

『おにいちゃんも半分たべてね。また買って来て。お願い。 美弥』

 勇祐はたった一行の手紙をじっと見つめていた。